この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
最初はジャズの定番、シャンソンの「枯葉」。
悲哀に満ちたメロディーは、バラードよりは早めのミディアムテンポで奏でられ、定番のジャズのムード音楽とされる。
煌びやかな夜景に囲まれながら、優雅に食べて飲んで、さらには生演奏を聴けるというこの贅沢さ。
なんだかあたしだけが、美味しい赤ワインを独占しているのが申し訳なくなって、早瀬にも飲ませてあげたい気分になった。
早瀬だけがホテルに宿泊して寝てくれれば、あたしは交通機関で帰る……ことが出来るだろうか、景色揺れているけれど。
いろいろ考えるのに、あたしがワインを飲むペースは速い。
ジャズは、しっとりとした「Fry me to the moon」に入る。
意識していなくても、身体がリズムを刻んでしまうのは、早瀬も同じだったらしい。思わず目が合い、笑ってしまった。一種の職業病だ。
曲が「Take five」から、ボサノバの「イパネマの娘」に入った時だった。
「早瀬、須王さんじゃないですか?」
横を通り過ぎようとしたひとりの男性客の声に、早瀬が注目を浴びた。
「ちっ、眼鏡かけてなかった……」
あの眼鏡は変装用でもあるらしいが、美の雰囲気を変換するためのアイテムなだけで、あまり意味がないようにも思える。
わらわらとひとが増えてくる。
せっかくの生演奏を邪魔するようなひとだかり。
よくわからないが、過去のお仕事を提供したひとや単純にファンもいるのだろう。まあここは有名な建物なのだから、いつ誰がいてもおかしくない。
集まること、集まること。
女性は美女ばかり。
ここは美女しか入れないお店なのか?
あたし特例?
ぼんやりと考えながら、ワインをごくり。
もしかして、早瀬が過去相手した女性達かしら。
修羅場?
ちょっと苛立って、ワインをごくり。
ただの音楽家なのに、まるで芸能人みたいでモテモテですね。
むかむかして、ワインをごくり。
「あの、今はプライベートなので……」
困ったような目が合った。
あたしに助けを求めているの?
早瀬先生が?
こりゃあ愉快愉快。
酔っ払いは無敵だ。