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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
 

 最初はジャズの定番、シャンソンの「枯葉」。

 悲哀に満ちたメロディーは、バラードよりは早めのミディアムテンポで奏でられ、定番のジャズのムード音楽とされる。

 煌びやかな夜景に囲まれながら、優雅に食べて飲んで、さらには生演奏を聴けるというこの贅沢さ。

 なんだかあたしだけが、美味しい赤ワインを独占しているのが申し訳なくなって、早瀬にも飲ませてあげたい気分になった。
 早瀬だけがホテルに宿泊して寝てくれれば、あたしは交通機関で帰る……ことが出来るだろうか、景色揺れているけれど。

 いろいろ考えるのに、あたしがワインを飲むペースは速い。

 ジャズは、しっとりとした「Fry me to the moon」に入る。

 意識していなくても、身体がリズムを刻んでしまうのは、早瀬も同じだったらしい。思わず目が合い、笑ってしまった。一種の職業病だ。

 曲が「Take five」から、ボサノバの「イパネマの娘」に入った時だった。

「早瀬、須王さんじゃないですか?」

 横を通り過ぎようとしたひとりの男性客の声に、早瀬が注目を浴びた。

「ちっ、眼鏡かけてなかった……」

 あの眼鏡は変装用でもあるらしいが、美の雰囲気を変換するためのアイテムなだけで、あまり意味がないようにも思える。
 
 わらわらとひとが増えてくる。
 せっかくの生演奏を邪魔するようなひとだかり。

 よくわからないが、過去のお仕事を提供したひとや単純にファンもいるのだろう。まあここは有名な建物なのだから、いつ誰がいてもおかしくない。

 集まること、集まること。

 女性は美女ばかり。
 ここは美女しか入れないお店なのか?
 あたし特例?

 ぼんやりと考えながら、ワインをごくり。

 もしかして、早瀬が過去相手した女性達かしら。
 修羅場?

 ちょっと苛立って、ワインをごくり。

 ただの音楽家なのに、まるで芸能人みたいでモテモテですね。

 むかむかして、ワインをごくり。

「あの、今はプライベートなので……」

 困ったような目が合った。

 あたしに助けを求めているの?
 早瀬先生が?

 こりゃあ愉快愉快。

 酔っ払いは無敵だ。
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