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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
   

 取り巻きはあたしに見向きもしない。
 そりゃああたしは凡の下ですけれど、ゴシップのような騒ぎにもならないなんて、プライドが傷つくんですけど。

 それともここは、ゴシップとは無縁の上流階級の人達が集っている場所なんですか?

 相手にもされないあたしは、手を上げて叫んだ。
 
「あたし、早瀬先生の生演奏が聴きたいです」

 ちょっとした意地悪からだった。
 モテモテなのが、癪に障ったからだ。

「お前、なにを……っ」

「あたし、早瀬先生の音楽のファンなんですぅ。生で弾いてくれるのなら、なんだってしますぅ」

 わざといらっとするようなことを言ったのは、酔っ払いだからだ。
 酔っ払いの戯言だ。

 普段ならまるで出来やしないのに、今はあたしが女王様になった気分で、とても気持ちがいい。

「だからお願い聞いて下さい! ねぇ皆さん、聞きたいですよねー」

 周囲が賛同にどよめく。
 
「お前、酔ってるだろ! 水飲め、水」

 あれ、ボトルにはもうないや。
 だったらこのグラス半分が最後のワイン。

「よければ、あちらで飲みませんか?」

 知らない男性が声をかけて来た。

「それと同じの頼みますよ?」

 それにつられようとした時、なんと早瀬が、あたしのワイングラスを奪い、一気飲みしてしまったのだ。

「悪いが……」

 早瀬は口を手の甲で拭いながら、男性を睨み付けた。

「その女は俺のつれだ。……去れ」

 その威嚇に男性は縮み上がるようにして逃げて行った。

「あたしのワイン……」

「ああ、後で飲もうな、一緒に。だから良い子で待ってろよ?」

 早瀬の冷ややかな笑みに、ぞくりとしたものを感じた。

「――今夜は、ここに決定だ」

 このホテルに泊まるのだと、宣言した。
 あたしだけがわかるような言葉で。

 睨んでもいるようなその眼差しは、目の縁がほんのりと上気しているようでやけに色っぽく。だが彼の発したその言葉は、どこまでもあたしの全身から血の気と酔いを引かせるもので。

 後悔先に立たず。

「い、いやあの、あらひは……」

「お前が言ったんだろ、なんでもすると。引くに引けなくなった責任をとって貰う」

「いや、その……」

「拒否権なし!」


 神様――。
 あたしおうちに帰りたい。


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