この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
拍手喝采の中、早瀬が、平均年齢が高そうな他演奏者の居る場所に立つと、グランドピアノの横で、音を拾っていたマイクを手に持って、挨拶を始める。
本当に、姿態もさることながら、スポットライトが似合う男だ。
予定外の出来事に、まるで臆することがないばかりか、余裕だ。
マイクを通して聞こえる早瀬の声は、あたしの耳で直接聞く声より低音が強く、男っぽく感じる。
またこれでファンを増やしているんだろうな。
あの声で囁かれたいとかいう女性、たくさんいるんじゃないだろうか。
そんなことをぼんやり思いながら、なにか後光がさしているような、別次元にいる神様のようにも思えてきて、思わず両手を合わせて拝んでしまえば、そのまま、うとうとしてしまう。
ゴホッ!!
マイクを通した大きな咳に目を覚ませば、早瀬が睨みつけている。
かなりお怒りのようだから、お水を飲んで眠気を飛ばすことにした。
「……では、皆さまに素敵な夜を」
グランドピアノの椅子に腰掛ける早瀬。
クラシックとは無縁だったくせして、まるでプロのピアニストみたいじゃないか。格好だけは、すごくサマになっている。
早瀬が他の演奏者になにかを言い、彼らが頷いた直後早瀬は両手を鍵盤の上に持ち上げると、鍵盤に叩きつけるようにして始めた。
「これは……、ショパンの〝革命のエチュード〟」
左手が黒鍵を交えて半音階的に下がって行き、やがてそれは両手になる。
allegro con fuoco(アレグロ コン フォーコ)。
速く、情熱的に興奮して。
――わ、なに? それ弾きたい、それ教えて。
フレデリック・ショパンが友人のフランツ・リストに送ったとされる、祖国ポーランドが戦争で陥落したことを嘆いて作られたとも言われる、ハ短調作品10-12『革命のエチュード』。
ショパンの、やりきれない悲憤や絶望、葛藤がぶつけられた、叩きつけるような旋律と、特に左手の繰り出す音は感情的に、それでいて正確さと早さを求められる。