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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
「………」
「………」
早瀬の唇が、薄く開いた。
静謐な浴室の中で、早瀬の悩ましくも思える息づかいに、あたしの呼吸まで乱れて。
キス、したい――。
「……なぁ」
早瀬は最初言い淀むようにして、やがてはっきりと言う。
「キス、してもいい?」
ピアノを弾いた長い指で、あたしの唇を弄りながら。
いつも強引にしてくるのに、なんで聞いてくるの。
「……今夜は、お前を抱かねぇ。具合悪くて伸びてたお前を無理矢理抱くほど俺は鬼畜ではねぇつもりだ。だけど……キス、したい」
絞り出すような切なげに掠れた声に、身震いしてしまう。
「お前の……声が出るところで、繋がりたい」
あたしの後頭部に腕を回し、傾けた美しい顔を近づけて、最終決断をあたしに委ねる。
「――柚、キスしたい」
「……っ」
いつもキスだけは避けられていた。
それが今日、三度キスされた。
観覧車でのキス。
吐いたあたしを安心させる二度のキス。
どれも恋愛的な意味はないと、却下出来る明確な理由があった。
「お前と、心を繋がらせて」
今、あたしが頷けば、あたしはこの先、きっと早瀬から逃れられない。
早瀬に惹かれているという気持ちを強めて、きっとあたしはまた……九年前のように、早瀬に愛されたいと思う、愚かな女になるかもしれない。
「柚、キスしたい」
早瀬の目が、ぎゅっと苦しそうに細められる。
……今だけ。
そう、今だけ……あたしは九年前に戻りたい。
早瀬が好きだった、あの頃に。