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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
「柚……っ」
好きだと言わないから、重荷にならないから。
……ひとときの遊びでいいから。
あたし、勘違いしないから。
早瀬を好きでいた、昔に還りたい――。
理性が止めたが、その声はもう聞こえなかった。
あたしは、早瀬の首に手を回す。
「……キスして、須王」
勇気を出して吐き出した言葉は震えて。
あたしが九年間固く封じていた言葉を口にした。
「柚……っ」
ああ、どうしてあたしは。
傷つくことがわかっているのに、早瀬に吸い寄せられるのだろう。
どうしてこんなに抗いようもなく。
どうして、辛くて苦しい道を進もうとしてしまうのだろう。
「キス、しよう……」
早瀬が泣きそうに笑った。
あたしの胸の奥で、ピアノが鳴っているのだ。
allegro con fuoco(アレグロ コン フォーコ)。
ショパンの『革命』のように、狂おしいほど激しい、情熱的な音が。
あたしは、音を無視出来ない――。
ゆっくりと、早瀬との距離はなくなっていき、そして――唇が重なった。
しっとりとした唇の感触。
重ねていたのはほんの数秒。
しかし離れれば、また呼ばれたようにして重なり合う。
一秒が二秒となり、三秒となる。
触れあうときのぴちゃりとした音がやけに大きく響く。
早瀬の熱を帯びたようなダークブルーの瞳に吸い寄せられる。
神秘的な色合いのこの瞳に、あたしが映っているのか確かめたくて、じっと見ていたら、早瀬はゆっくりと息を吐いて……、再び口づけた。
今度は離れなかった。
「ぅ……んんっ」
早瀬の舌が、あたしの口の中を侵す。
ぬるりとした異物の動きに、思わずあたしの身体が動いて、湯面の波が大きく立った。