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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
 

 九年前、こうした荒々しいまでに情熱をぶつけてきたキス。
 ……あたしが、愛されていると錯覚してしまったキスだった。

 あんなにあたしの記憶から抹殺したはずなのに、身体は早瀬のキスを覚えていた。悲しいくらいに。

 そのキスを早瀬は再びしてくると、あたしの心はジャクジーの水面のように震えて、生理的な涙を流してしまう。

「んん、んむ……ぅっ」

 早瀬の指はあたしの目尻に溜まった涙を拭いながらも、深いそのキスをやめなかった。

 舌が大きく搦め取られる。

 ざわついた舌の感触にぞくぞくが止まらず、あたしがどうにかなってしまいそうな気分がして、逃げようとしたが、早瀬が両手があたしの両頬を挟むようにしてがっちりと固定すると、斜め上から雄々しいくらいに、あたしの口腔内を蹂躙してくる。

「んん、ん……っ」

 口端から流れる唾液。

 ちゅくちゅくとした水音と共に、あたしのものではない、興奮したような息づかいが聞こえた。

 早瀬も気持ちいいのかと耳から感じれば、さらにあたしの身体は昂ぶって。

 絡め合う舌。

 早瀬の匂いにくらくらしながら、早瀬の情熱的なキスを受ける。

 動物的に声や息を漏らして、早瀬の舌を求めて身体を揺らす。
 
 allegro con fuoco(アレグロ コン フォーコ)。

 性急な荒々しいキスをするあたしと早瀬が、ひとつの音を奏でる――。

 キスがやめられない。
 貪り合うようなキスに酔い痴れながら、世界が終わってもいいと思った。

 ……嬉しかった。
 早瀬にキスをされて嬉しかったんだ。

 キスを通して、あたしは早瀬を想い続けていることを改めて知った。

 あたしはきっと、九年間――たとえ錯覚でも、早瀬に愛されているということを、特別性を、実感したかった。

 上原家の娘ではなく、上原柚という女を見て貰いたかった。
 
 ……わかっている。
 早瀬に落ちないから、早瀬は興味を持っただけだって。
 それでも早瀬は優しかったから――自惚れたかった。

 大勢の中のひとりではなく、たったひとりになりたかった。
 
 早瀬に好きだと言わないから。
 ずっと心の中に閉じ込めておくから。

 だからお願い。

 あたしを嫌わないで。
 あたしを無視しないで。

 九年前のように、あたしの前からいなくならないで。
 
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