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エリュシオンでささやいて
第2章 Lost Voice
どこまでも音楽に厳格なプロデューサーがそう訊くのなら、あたしだってわだかまりを越えて、己の心が訴える通りに言いたい。
「いいえ」
顔を上げて毅然と。
たとえ笑われてもいい。
あたしは、きちんとした音楽を届けたいから。
プロジェクトの企画者にしっかりと、その覚悟を告げた。
「幾ら聞いても、あなたのお持ちのテープの彼を含めて、他のすべて共にあたしの琴線に触れる歌声ではありませんでした」
イエスマンだけではいい音楽は作れない。
いい音楽のためなら、あたしは悪者にだってなってやる。
これが、あたしの出した答えだ。
「う、上原~!! 早瀬先生の前で~っ!!」
茂、怒りにぼよんぼよんと腹が揺れる。
ごめんなさい、怒声よりそちらの方が気になるの。
「その言葉に、責任と自信を持てるか?」
名ばかりのチーフに、責任と自信なんて馬鹿げたことを聞く。
「チーフの肩書きではなく、上原柚個人の名前にかけて、責任と自信を持ちます」
ここでの肩書きは無意味だと思えばこそに。
「上原~っ、この、身の程知らずが――っ!!」
雑音なんか気にしない。
音楽にかけてはあたしは嘘を言いたくない。
しかも早瀬相手になら、特に。
旧エリュシオンを守るためにも、社長の教えをあたしは貫く。
――音楽に対して、自分の心にいつも誠実であれ!
「す、すみません、早瀬先生! この音楽のド素人がなにを! 上原、降格だ降格――っ!!」
すると早瀬は、泣きぼくろのある右の口端をつり上げるようにして笑う。
これは奴の思惑通りにひとが動いた時にする嘲笑だ。
それはあたしに対する「ざまあみろ」?
いや……なにか違う。彼の視線は課長に向いている。
ダークブルーの瞳から、冴え冴えしい青色が放たれた気がした。
「渡瀬課長、一介のお飾り課長であるあなたが、人事に口出し出来るほど偉い方だったと初めて知りましたがね、奇遇にも私も、その音楽のド素人と同意見なんですよ」
「は、はああ!?」
茂、見開いた目も肉に埋もれる。
「しかも、渡瀬課長のお墨付きなら特に、このデモは〝再考の余地もない〟と思いまして。もう必要ないんでお返しいたします」
早瀬が、手にしていたテープを課長の手に握らせた。
茂、驚きに腹が波打つ。
まるで生き物みたい。