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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
「……あの黒いボックスカー、五時には来ていた」
「ええええ!? って、なんで知ってるの、そんなこと。まさかあなたも五時から居たの、うちの前に?」
「ああ…、まあ厳密に言えば、三時からだな。どんな奴なのか、見極めねぇといけねぇからな」
「三時!? 寝てないの!?」
「家で仮眠はとったが、気になって」
「は……」
「大丈夫だ、仕事が入れば貫徹が続くのザラだから。気にするな」
何でもないという顔で早瀬は言いながら、ハンドルを切る。
「朝からこうやってお前を待っていれば、勘づかれたと思うだろうし、いつ誰が出てくるかわからないところでキスしてれば、そっちの面からも俺がお前を離さねぇと、拉致作戦変えるだろ」
あのキスは作戦だったと思うと、ちょっぴりショックを感じているあたし。
そんなことを言った日には、大通の真ん中で派手なキスをしてきそうだから、絶対いっちゃいけない。
「あ、あたしなんですかね?」
「……恐らくは。窓が開いて、男が手にしていた双眼鏡がお前の部屋に向いていた」
ぞぉぉぉっとして、あたしの全身鳥肌だ。
「じゃあ、二時間も張り込んでたんですか、あいつら。さらにあなたは、四時間!」
なんだか早瀬に申し訳ない。
その間、あたしはぬくぬくと寝ていたんだから。
「俺が見ていることに気づいていたから、根比べしていたんだろうな。何度も通り過ぎては、違うところに駐車して、最終的にあそこになったようだ」
「はぁ……」
本気に引っ越さないといけないかなあ。
「しかしなんで突然……。なにか重要機密なものを拾ったとか見たとかしてないし、至って普通に会社に行き来していたというのに」
「ここ数日、家でなにか送られたとかもねぇの?」
「数日に家に来たのは……大家のおばあちゃんだけだし。いつものお煎餅といつものお花を持ってきてくれただけだなあ」
「だとしたら、お前がなにかしたというわけではなく、向こうがお前を必要だということだな」
「本当にあたしかなあ」
三階建ての建物には、二十四室満室だ。
しかも全員が、あたしと同じ時期……改築時に入居している。
ご近所づきあいはしていないけれど、そんな……物騒だったり、なにかに追われているような挙動不審なことはいなかった。
そう思えば、あたし以外も該当者がいないのだ。