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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
「話戻すが、合宿のノリでいいからスタジオに寝泊まりしろ。客室も無駄に多くある。せっかく雇っているハウスキーパーも仕事のしがいがあるというもんだ」
「……でも合宿ならとくに、あたし邪魔になるし……」
「俺、言ってたろう? お前をプロジェクトに入れたいって。演奏以外にも、お前は能力がある。卑下するな」
「……っ」
「お前のいねぇ音楽は作る気ねぇから。だったらとりやめる。今俺が強行しようとしているのは、お前が入ること前提だぞ。ボーカル見つけて終わりじゃねぇからな? 他人事に傍観してるんじゃねぇぞ、絶対音感」
「……ぅ」
「あ?」
「ありがとう……」
……嬉しくて。
仕事も出来るわけじゃない。
音楽も中途半端にやめて、あったのは……至高の音楽を届けたいというプライドだけ。
そんなあたしを奮い立たせてくれることに。
あたしも出来るかもしれないという気にさせてくれることに。
「どういたしまして」
早瀬はにっと笑って、涙が流れた頬を指で拭った。
ああ、あたし。
どうしようもなく絆されている。
また傷つけられたら、立ち直れないかもしれない。
苦しんだ過去をなかったことには出来ない。
別に早瀬に好きだと言われたわけでもない。
期待することすらおこがましいくらいに、今のあたし達に流れる空気は和やかで優しくて、なにも知らない九年前みたいで。
「同棲か……いい響きだな」
「同棲じゃなく、ただの同居です!」
「お前が言ったんだろ?」
「そ、そうだけど……。合宿なら」
「別に同棲でも歓迎だけど」
「いりません!!」
「……こら、言葉遣い」
「いらないっ!!」
「はは。尖ってる唇、頂き」
信号で停まると、早瀬は顔を傾けて、唇を奪ってくる。
「運転をしろ――っ!!」
「あはははは、真っ赤」
横浜に行って、あたしは変わってしまった。
あれだけ警戒していた、禁断の領域に踏み込んでしまった。
昔のようにぽんぽんと出来る会話が楽しくて。
あれほど嫌でたまらなかった、この空気が楽しくて。
……キスが嬉しくて。
同時に、この先あたしはどこに行き着くのだろうと思うと、これからが不安で……、そのぎりぎりの平衡をあたしの勝手な感情で崩したくないと、涼やかな早瀬の顔をこっそり見つめては切なくなった。