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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
 


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 受付に、昨日放置で帰ってしまった女帝は居た。

 眼鏡を外した早瀬と一緒に出社したあたしは、例の如くぎろりと睨まれたが、いつも通りに軽い挨拶であたしと通り過ぎようといる早瀬の腕を引いて引き留めると、大きな目からぽろぽろと涙を流して、父親がしたことを詫びていた。

 凄いな、映画の一場面を見ているようだ。
 
 気分は、戦争に行こうとしている恋人を、必死に引き留めているような切実な場面を見ている感じ。

 その涙が嘘か本当かは関係なく、美人が泣く図は迫力と影響力がある。
 ……同性には、しらけ気味になるかもしれないけど。
 
 ちらりと見る早瀬は、明らかに嫌がる素振りを見せながらも、執拗な謝罪を突き放すことが出来ないようで、「わかったから。だから泣くな」などと困り果てて、あたしにSOSを送っている。
 まあ確かに女帝に罪はなく、本当に父親を説得して頑張ったかもしれないけれど、もう少ししょっぱい対応をしないと女帝はわからないような気がする。

 結局どうなったんだろう、違約金の話。
 昨日、電話でも早瀬はそれについて触れていなかったということは、会議も早瀬も問題にしていないのだろうか。

 まあ、早瀬がちょっと大きな仕事をこなせば、大金となるから、それでまかなえばいいと軽く思っているかもしれないけれど。

「早瀬さん。今度、お詫びにお食事でも……」 

 さすがは肉食女。
 食いついたら離れない。

「いらないから。気にしなくていい」

「そんなこと仰らずに! 私の謝罪を受けて下さい」

 ……まあ、女帝が早瀬を好きだから仕方がないとはいえ、しかも出勤者が溢れる受付でそんなことをしていれば目立つし、優しく宥めて逃げるのが大人の対応かもしれないけれど、告られている早瀬がしっかりと拒まないから、食事を誘われる羽目になっているのだと思えばいらっとして、あたしはふたりの横を通り過ぎた。

「上原」

 なにか言われたけれど、あたしもいつもの如く。
 
 ……食事に誘われてそれに乗るということは、結構苛立つものなんだと気づいたあたしは、あたしが朝霞さんの誘いに乗ったことに対してはどう思ったんだろうと思って、自嘲する。

 勘違いしたら、昔と同じ目にあう。

 あたしだけが早瀬に対して特別な感情を抱いていればいい。
 求めるだけ無駄だ。
 
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