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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
 
  
「悪いが、俺はお前と会社の外で会う気はねぇよ。そんな時間があったら、俺がしたいことに費やす。これでも暇人ではねぇんだ」

 そう思っているのに。

 嬉しさ通り越して……

「俺の態度が勘違いさせているのなら、すまない。おかしな噂をたてられたらたまったもんじゃねぇから、もう一度はっきりいっておく。俺は会社の同僚として以外の気持ちはねぇし、この先もそれは変わらねぇ。下らねぇ希望は持つな」

 言い過ぎ。

「プライベートでお前は必要ねぇから」

――お前、もう要らないから。

 トラウマがフラッシュバックしている。

 古傷が膿んでずくずくと痛んだ。

 今の女帝は、九年前のあたしと同じだ。
 勘違いするなと、こっぴどくフラれたあたしと。

 早瀬の態度が甘いとは思ったけれど、あまりにも塩対応すぎる早瀬に、女帝に対する同情心が芽生えてしまった。

――有名人の娘だからお前のバージンに価値があった。それがなくなれば、お前に価値はねぇ。性処理でもいいって言うなら、抱いてやるけど?

 どちらの言い方がいいとは言えないけれど、九年前と同じ非情な早瀬がいることに、とにかくきりきりと心が痛くて。
 
 九年前、キスをしていた女はもう朧にしか覚えてないけれど、早瀬と気軽にキスしてしまうようになってしまった今、あたしがそれと同じ立場にいる。

 女帝は、九年前に傷つけられたあたしだ。

 どうして、いい気味だとか馬鹿な女だとか、思えようか。
 こんな群衆の前、ひそひそ声が聞こえる孤立無援の中で、さらし者にされることのどこに、喜ばしい要素がある?

 ……女帝は傷ついているはずなのに。

「俺には、好きな奴がいるから」

 早瀬は横目であたしを見る。

 頭をガツンと殴られたような心地がした。

 ……そうか。そうだよね、どんなにキスが優しくても、他にいるんだ。

 心のどこかで、九年前と違う流れにいるのではないかと思っていたらしいあたしは、大きなショックを受けながら、早瀬があたしを見て言ったことに意味があるように思えて。

 きっとあたしに対する牽制もあるのだ。
 キスぐらいで浮き足立つなと。
 特別性なんかないと。
 
 息が、苦しい。

 だからあたしは――。
 
 
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