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エリュシオンでささやいて
第2章 Lost Voice
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うーん、外は晴天。夏が過ぎてめっきりと涼しくなったね。
「おい」
「なんでしょうか、早瀬先生」
前方で、少し光沢ある深藍色の裾の長いコートを翻して歩く、モデルのような男は、怒った口調で振り向いて足を止めるから、あたしも仕方がなく立ち止まる。
「おかしな言葉遣いやめろ。なんだその先生って言うの。お前、あの馬鹿課長と同類になりたいか?」
それは嫌。
「……では、早瀬さんで」
それもお気に召さないのか、勇み足であたしのところに戻ってくるから、急いで後方に駆ける(コンパスの差というものがあるからね)。一向に縮まらない距離を憤ったように立ち止まった早瀬から、苛立ったような盛大な舌打ちが聞こえた。
「横に来い。なんでそんなに離れて歩くんだ。話も出来やしないじゃないか」
「話すことはございませんし、もう十分会話していますので、これで十分です」
「お前なあ……」
ここまで聞こえる盛大な舌打ちをした早瀬は、突如手を上げてタクシーを止めた。
「乗れ。上司命令だ。それとも実費で日比谷公園まで来るか?」
……本日、長財布と、Suicaチャージ出来るスマホも家に忘れまして、ただいまの所持金が、黄色いふかふかレザーのがま口お財布に入っている小銭、しめて四百六十一円也。
木場から日比谷、日比谷から品川と路線を変えると幾らになるんでしょう。あたし、自宅に帰る気満々です。はい、いつもの……品川プリンスホテルなど行きませんとも!
カードも忘れたから下ろすお金もなければ、借りられる知人もいない。
ましてや早瀬に借金をするなど、論外だ。
ああ、なんでよりによって今日、忘れてきたんだろう!
「俺、会社に電話かけるぞ、お前が逃げたと」
今度はあたしが舌打ちをして、渋々ドアが開いたままのタクシーの後部座席に座った。