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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
「言葉に出さなきゃ、俺の態度からなにも感じねぇの? お前を、俺の気まぐれで弄んでいるようにしかみえねぇの? 俺、他の女にもこうやってキスしたり、構ったりしてると思う?」
「……でも、本命がいるのにっ」
「お前のことだと、微塵も思わなかった?」
「思うわけ、ないっ」
九年前のように勘違いして傷つきたくないから、捨てた考え。
心のどこかで、そうであって欲しいという微かな希望の光を打ち消して、ぶり返したトラウマの痛みから逃れたかった。
「お前、さっき〝あっちもこっちも思わせぶりで〟と言ったな。あっちというのが三芳だとして、こっちって、お前のことなんだろ?」
――本命がいるくせに、あっちもこっちも思わせぶりで……離せったら……!!
「お前、ちょっとでも、俺がお前に気があると思ったんじゃねぇの?」
「違っ」
無意識で吐いた言葉とはいえ、昔はともかく今は愛されるとでも思っているような、愚かしい自惚れた自分の姿を、早瀬にだけは見られたくなくて。
「別にそう思ったらそれでいいじゃねぇか。俺だって、思わせぶりな態度してるんだから」
「つらりと、そんなに軽々しくそんなこと言わないでよ」
「なんで意固地になる」
あんたのせいでしょと言いたいのをぐっと堪えて、睨むと。
「眉間に皺」
早瀬の指が急所を押した。
死ぬじゃないかと憤然と早瀬の手を払うと、早瀬が笑った。
「まあ、いまだ俺のことを信じられねぇくらいのことを、昔の俺はした。その自覚はある」
しばらく頭を掻いていた早瀬は、ゆっくりと息を吐き出して言う。
「正直、お前がようやく俺に笑って話してくれるようになったと、ここ数日浮かれてた。さっきも誠実さ見せようとしただけなのに、苦労してここまで来たのに、信頼が一瞬にして失墜するとは予想外だった。それが、言葉でお前を傷つけた俺の罰なんだろうが。きっと俺は、言葉で苦労するんだろう」
後悔滲むようなその声に、ごくりと唾を飲んでしまうあたしに、
〝言葉でお前を傷つけた俺の罰〟
……その言葉が無性に胸に響いた。