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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
すると早瀬は困ったように笑う。
「だから、理由があったんだって。お前を突き放さねぇといけなかった」
「その理由を教えてよ!」
早瀬は頭を横に振る。
「教えてってば!!」
ぼかぼかと早瀬の胸を拳で叩く。
そう、あたしの背中を押すのは、九年前の出来事なんだ。
あれを反故にして、白紙にして、あたしは進めないから。
理由があるのなら訊きたい。
どうしてあんなことを言ったのか。
「教えたら……お前が戻れなくなる」
拳を手で掴まれ、逆に包まれた。
「なにそれ」
「俺が、100%離してやれなくなる。どんなに悲惨な未来が起きても」
「は?」
その時、ブルブルとした振動が聞こえた。
早瀬が床に置いていた、仕事用のスマホからだ。
「会議再開の知らせだな」
早瀬は、あたしごと立ち上がった。
「本当は無性にお前を抱きたい。身体全体で、口で言いたい言葉をお前に伝えたいよ」
苦しそうに笑いながら。
「だけど、そうやって逃げてきたツケなんだろう。今もお前を苦しめているのなら、今度……そうだな。お前を抱く時に言うよ。その時は、ふたりきりのところで」
「え?」
「自分の戒めのために本心隠すことで、今でもお前が傷つくのが嫌なんだ。だからといって、もう前みたいに突き放すことも出来ねぇ。だから……言葉で伝えてやるよ、ちゃんと。……態度に出しても邪推されるくらいなら、俺も今度こそ腹くくるから。〝わかるだろう〟と高を括らず、婉曲しない言葉で」
頭を撫でて笑うと、早瀬はあたしの横を通り過ぎた。
「五時に裕貴がここにくる。だから裕貴と一度お前の家に行って、泊まる支度をしとけ。家に小林寄越すから、そのまま小林の車でスタジオにいけよ。俺がいない時は、スタジオから出歩くな」
いつもの調子で言いながら。
――だから……言葉で伝えてやるよ、ちゃんと。
「言葉で……」
不安のようなものが胸に湧き上がる。
残されたあたしは無意識に唇を触りながら、呟くしか出来なかった。