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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
あたしは、怯えた顔をしている女帝の手を揺すって、裕貴くんが示す……すぐ近くの出入り口を促せば、ひょっこりと素早く立ち上がった裕貴くんがフォークのようなものを反対側に投げつけ、バアアアン!という音を合図に、あたし達は飛出した。
バアアアン、バアアアン!!
裕貴くんが、手にしていた皿を円盤投げのようにして男に飛ばすと、反射的にそちらに反応した男の隙を見て、自動ドアから走って出る。
外にいた別の黒服ふたりがこちらに駆けてくる。
ギターを振り回す裕貴くん。
バッグをぶんぶんと振り回し、捕まえられそうになったら、思いきりその手に噛みつくあたし。
「とりゃああああ!」
そして、拳一本で黒服を地に沈める女帝。
外は雑踏。
野次や行き交う人々の群れに交ざり、近間のデパートの中に入る。
秋冬ファッションを披露しているマネキンに混ざり息を潜めて見守ると、あたし達を探していたふたりの男達は諦めたようにして、やがて外に横付けされた黒塗りのボックスカーに乗り込んで、車ごと走り去ったようだ。
そう……、ナンバーの隠された、あの車だった。
外に出てふと、思い出す。
「あ、朝霞さん……」
「柚。あの朝霞っていうのが怪しい!」
裕貴くんの目は険しくて。
「え、だけど……」
「騙されるな。いいか、これ……柚に勧めたベリーのケーキだ。ちょっとひっかかって、これだけ持ってきた」
有名スポーツメーカーのボストンバッグのポケットに、手を突っ込んだ裕貴くんが掴んでいたのは、元は紫と赤色のケーキと思われたものの残骸。
「あそこに病院あるからな。もしもの時は、ニャンコごめんよ」
裕貴くんが指を振ると、停車中の車のボンネットに丸まっていた黒猫が反応して、地面に置いたケーキを一口食べた。
すると――。
「!!!?」
パタリと倒れたのだ。
「ほら、みろ!」
死んでいるわけではないようで、身体が少し痙攣して、麻痺しているような感じだ。
……ぞっとした。
朝霞さん、あたしを麻痺させてどうしようとしていたんだろう。