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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
「奈緒さん? 大丈夫ですか!? どうしました!?」
「悔しい……っ、なんであそこまで強いの……!?」
「へ?」
「そりゃあ私もブランクはあるけど、現役時代は負け知らずだったのに、あのひと……格闘のプロよ」
「は、早瀬が? ただの音楽家よ?」
「そんなわけないわ! あのひと、滅茶苦茶強すぎるの! ただの素人ならあんな簡単に私を投げ飛ばせないわよ。瞬殺よ、瞬殺!! 悪いけど、あのひと相当修羅場の、場数踏んでいるわ。無駄がないというか、とにかく歯が立たない」
彼が格闘技とか武道を習っているということは、今まで一切聞いたことはなかった。……まあ、身体に筋肉はついてはいたけれど、普通に健康のためにジムにでも行っていると思ってたんだけれど。
場数を踏んでいる?
ぜぇはぁ肩で息をして起き上がれない女帝に比べて、早瀬は息も乱さず汗ひとつかいていない涼しい顔だったことを思い出す。
奈緒さん、拳を唸らせて黒服をやっつけたよ?
めちゃくちゃ強かったよ?
それより強いなんて――
早瀬須王、あなた一体、何者なのよ。
ドアから裕貴くんと小林さんが出てきて、早瀬があたしを手招いた。
なんだか、ちょっと……あたしの動きがぎこちない。
――お前だけだよ。
彼を見ると、資料庫での声が蘇るんだ。
自惚れろと言った彼の言葉が。
そう簡単に、出来ないよ。
怖いんだもの。
早瀬の本心を聞くのが怖くて――。
「はい?」
平常心、平常心。
早瀬が閉めたドアを背にして、両手を伸ばすとあたしをぎゅっと抱きしめて来た。
「ごめん」
「え?」
「俺が読み違えた。まさかそんな強行するとは。……銃なんて、怖い思いしたろう。傍についていなくて、会食に行ってごめん」
早瀬の世界に閉じ込められる。
熱くて、苦しくて。
心が熱くて――。
「皆が、いたから……大丈夫だから。裕貴くんだってあなたの指示……」
「大丈夫じゃねぇだろ。疲れ切った目で張り付いた笑いをしやがって」
「え?」
「……まだ気を張ってるだろう、お前」
「え……」
早瀬があたしの顔を見つめた。
「柚。俺の前では素になれ」
途端に、なぜか涙が零れた。
別に哀しくないのに。
別に今まで我慢しているわけじゃなく、わいわいしていたのに。