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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
「心許してなくても、酔うこともあるんだ」
「ああ。特に楽器に反応するんだ、不思議なんだが」
「楽器とはなんなんですか?」
「グランドピアノなんだよ。テレビでも店でも、グランドピアノがあると、そっち見て、思いきり傷ついた顔をしてな。今にも泣きそうな、あいつの素の表情が出る。その後、すげぇ勢いで酒を呷って、酔っ払うんだ。まあすぐに寝ちまうんだけど」
「じゃあここにもグランドピアノがあるから、酔っ払うのかな?」
「いや。そんな酔い方はしねぇだろう」
「なんでそう言い切れるんですか?」
「寝言で呟くほど会いたくて仕方がねぇ〝柚〟が傍にいるからな」
「かーっ、そんなに昔から柚が好きなのに、どうしてあのひと、スマートじゃないんだよ。まずは言えよ、告れよ!! それじゃなくても柚に、あのひとの心を読めるスキルねぇのわかっているのに!!」
「……言えないんでしょうね、きっと。罪悪感なのかなんなのかわからないけど。両片想いなんだ……あのふたり」
「……お姉さん、辛い?」
「……辛くないと言えば嘘になるけど、逆にすっきりしたかな。私自身が拒絶されたわけではなく、柚が居たから入る隙間がなかったのだと、そう思えたら」
「……そうか」
「私、二年かけても早瀬さんのあんな表情を見たことがなかった。でも柚はたくさん見ているんだと思ったら、なんかもう……ふたりで勝手にやってという感じね。……うん、私は友情の方を大切にする。だから、私は大丈夫だからね、裕貴、くまさん」
「おいおい、俺はくまじゃねぇよ」
「くまのおっさんは、くまだから。よし、じゃあ三芳サンにもいい男見つかることを祝って、ビールで乾杯しようぜ」
「言っておくけど、あんたは未成年なんだからね?」
「えー」
「がはははは、お子ちゃまにはオレンジジュースだ」
「えー」
……初めて会った三人が、仲良くしていることに気づくことなく、あたしは早瀬に、早瀬の隣に座るか、早瀬の膝の上に座るか、あたしから早瀬にキスをするか不条理に迫られ、女帝と隣に座って乾杯をしようと思っていたのに、泣く泣く隣に座ることを選んだ。