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エリュシオンでささやいて
第2章 Lost Voice
――すげぇ、お前純正律の音がわかるんだ?
また昔のことを思い出した。
この平均律と純正律の話を彼に教えたのはあたしなのだ。
市販のCDで癒やし系のものは純正律で作られているものが多いから、心が奮えるのだと、そんなことを話したように思う。
音楽室にはシンセサイザーも置いてあったから、そこでピッチを調節して弾いたり楽譜を書いたりしてみせた。
「音をお前はわかっている。だから探せ。純正律を奏でられる歌声を」
……それが祟って、こうして早瀬と仕事をすることになるとは。
「ボーカルの選考は今月末まで、あと十日ぐらいだ。今までにない歌を歌える奴をふたり探して欲しい」
秋風が髪先を揺らし、沈みかけた陽光が彼の髪を深い蒼に染めた。
「オーディションは大々的に開催を予定しているが、その他お前が偶然見つけた奴でもいい。見つからなければ、企画を潰す」
「潰すって、たくさんのひとと金が動いているのに!」
「それでも、気にくわない雑音を世に出すよりはいい」
早瀬は音楽に妥協しないのは、昔からだ。
今はそれがもっと顕著でストイックなまでに厳格だから、やれば成功できるのだろう。なにもビジュアルだけが彼の長所ではない。
それはわかるけれども――。
「探せ」
……荷が重い。
なんていう役目をあたしに押しつけるんだ。
「あたし、HADESプロジェクトに無関係なのに……」
「なんのためにデモを選ぶ役目をさせたと思ってるんだ。ただの雑用とでも思ってたのか? お前が能力を見せれば、これを期に、お前をプロジェクトに入れる」
「はああああ!?」
「お前は……自分が選びたいと思わないのか?」
――お前は、自分で音楽を作りたいと思わねぇの?
九年前の若い早瀬の言葉が蘇る。
「俺の曲に、お前が選んだ歌声を乗せたいと思わねぇのか?」
「別にあたしは……」
「お前は謙虚すぎて消極的なんだよ。生きた音楽に実際携わってプロまで目指していた演者は、エリュシオンでお前だけだ。あとは皆、中途半端な知識しかねぇ。頭から入った奴とお前は違う。お前のセンスに誇りを持て。お前は音を聞き分ける力と、どの音がいいのかわかる力がある。少なくとも俺が信じられる音は、この世で――俺とお前が選ぶ音だけだ」
痛いくらいの眼差しで奏でられる早瀬の言葉にどきっとする。