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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
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後片付けをしようとしていた時、小林さんが、早瀬が脱ぎ捨てた背広を片手にあたしに言った。
「あいつ、外で酔いをさましていると思うから、これ着せてやって」
「あ、わかりました」
トイレに出たのかと思いきや、酔っ払いか。
小林さんには、早瀬の酔いがわかるらしいが、あたしの目にはいつも通りの涼しい顔をしていたようにしか見えなかった。
外に続くドアを開いて探してみたが、すぐには早瀬の姿が見つからず。
うろうろと歩いていたら、見慣れた黒い外車の横に、寄りかかるようにして、早瀬がタバコを吸っていた。
白い煙が、夜空に浮かぶ……まだ満月になりきらない、太った月に吸い込まれていく。
月を見上げる早瀬の顔がどこか寂しげに思えて、月に戻ったかぐや姫のように、早瀬も満月期には月に帰ってしまうのではないかと、無性に焦ったあたしは、大きな声で早瀬を呼んだ。
「早瀬さん!」
月明りを浴びた早瀬がこちらを向く。
麗しい王子様にタバコはあまりにもミスマッチだと思えるのに、どこかタバコと似合う退廃的な翳りを感じて、ぞくっとする。
なんだろう。
まるで、こちら側と早瀬のいる側に、線が引かれているような。
「どうした?」
早瀬は、微笑んだ。
「寒いかなと、上着を」
彼はあたしから顔をねじるようにして斜め上に細い煙を吐き出すと、タバコを足で消して、じゃりと小石を踏みながらあたしの方に近づいてきた。
……なんで線が引かれたと思ったのか。
早瀬は、その線を踏み越えられる男なのに。
「ありがとう」
早瀬はあたしから背広を受け取ると、それを開くようにして、あたしの背中にかぶせた。
早瀬の匂いがふわっと漂う。
「あたしは戻るので……」
「ちょっと付き合えよ」
首を傾げるように笑う早瀬に、一瞬見惚れてしまったあたしは、振り切るように慌ててぶんぶんと頭を振った。