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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
握り合ったままの手。
腰に添えられた手と、顔が感じる早瀬の肩の熱さにくらくらする。
体温を分かち合うかのように寄り添いながら、お互い声を出すことなく、静かに時間が流れた。
それは数時間のように思えて、実は刹那の時間だったのかもしれない。
重厚な高壁が外界の喧噪を鎮めた、静謐な夜――。
夜遅いとはいえ、青山通りがほど近い東京の中心部で、こんなに静かな時間を体感出来るとは思ってもみなかった。
今日起きた非日常的出来事が、まるで嘘だったかのように落ち着いていられるのは、仲間が出来た安堵感ゆえか、早瀬が横にいるからなのか、夜の帳のせいなのか。
それとも――-。
早瀬と寄り添う今こそが儚い夢で、現実はもっとシビアで、早瀬に背を向けてあたしは泣いていたりするのだろうか。
嫌い、大嫌いだと泣きながら、早瀬に抱かれているのだろうか。
……そんな現実なら、戻りたくない。
十分すぎるほど、あたしは早瀬のことで泣いてきた。
もう、早瀬のことで泣きたくない。
今はただ――。
消え入りそうに儚げで、切なそうな表情をする早瀬の隣に居たい。
いつもは吸わないタバコを吸っていた早瀬の心を知りたい。
だけどそれを言葉にすることは出来なくて。
哀しいくらいに切ない心を震わせるだけ。
こんなに感傷的になるのは、人智を越えた月の魔力のせいなのだろうか。
永遠に姿を留めることない月のように、刹那的に……早瀬が変わらぬよう、引き留めようとしているのだろうか。
自分の心すらわからない。
ただ、水面に浮かぶ月のように、ゆらゆらと揺れるだけ。
ただ、月のように手の届かないひとと、寄り添っていたいだけ。