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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
 


「柚……」

 切なそうにあたしの名前を呼ぶ早瀬が、月明りに照らされながら、露わになったあたしの乳房の頂きに口をつけた。

 九年ぶりに見る早瀬の愛撫の顔は、どこまでも妖艶でどこまでも美しくて、どこまでも男で――。

「柚、ここ固くして……気持ちいいの?」

 濡れた視線を絡めたまま、あたしは仰け反るようにして闇夜に啼いた。

「ああ……っ」

「もっと、声……柚……っ、ん……」

 胸に埋もれる早瀬の頭を、あたしはふたつの腕で掻き抱く。

 好き。
 早瀬が好き。

 手の届かない高みに登ったはずの早瀬が、あたしの身体を愛していると思っただけで身体は悦ぶのに、心の繋がりもないあたしは、広い宇宙にひとり彷徨う気分のまま……心は寂しくて泣いた。

 何度も抱かれているのに、早瀬を束縛する特別な繋ぎ方をしてこなかったことが無性に悔やまれて。


 早瀬は、どんな感情であたしの身体をこうして優しく愛すの?
 あたしの心は、必要ないの?

 ねぇ、好きなの。
 好きだといいたいの。 

 好きだと、須王と――。

 目が合った。

 やるせない思いで瞳を揺らしたのはどちらなのか。

 早瀬の懇願するような、苦悶しているような……そんな表情があたしに向けられていて。

 絞り出すような声が聞こえた。

「ゆ、ず……っ、俺、お前が――」



「くちゅん」

「………」

「くちゅん、くちゅっ」


 膨れた感情に穴を入れたのは、連続くしゃみ。

 早瀬はどこかほっとしたような顔であたしに服を着せた。


「……金曜、覚悟しとけよ」


 唇が奪われる。


 ねぇ、神様。

 早瀬に抱かれる金曜日――。

 あたし、早瀬に言っては駄目ですか?

 フラれるのはわかっています。

 あの時言えなかった告白をして、両想いは勘違いなんだと、どんな理由があってもあたしの恋は報われなかったのだと、荒療治的に〝騙された〟九年前と決別し、新たな気持ちで彼と向き合いたいんです。

 苦しいだけの思い出が詰まった九年前を乗り切る魔法を、あたしにかけてください。

 苦痛を怖れず、前を向くために。
 
 彼が好きだとあたしが思う限り、どうしても九年前のわだかまりを払拭しないといけないと思うから。

 報われなかったあたしの恋を、昇華させてやりたい。

 せめて、昔の恋くらいは――。
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