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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
 
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 夢を見た。

 白い花が咲く草原で、早瀬を待っているあたしの前に、赤い首輪をつけたあの天使が現われた。
 

「久しぶり!」

 歓喜するあたしに、彼女は美しく微笑みながら歌を歌った。

 ああ、ベートーヴェン 交響曲第9番「歓喜に寄す」。

 Freude, schöner Götterfunken,
 (歓喜よ、美しき神々の煌めきよ)

 Tochter aus Elysium,
 (楽園から来た娘よ)

 Wir betreten feuertrunken,
 (我等は炎のような情熱に酔い)

 Himmlische, dein Heiligtum!
 (天空の彼方、貴方の聖地に踏み入る)

 まるであたしを祝福しているかのような歌声で魅了した天使。

 よかった、生きていたんだ。
 また会うことが出来た。

 その時だった。

 バアアアアン!!

 パリィィィィン!!

 唐突に二種の音がして、その平和的で美しい風景が、歌声ごと……ステンドグラスのような色彩をつけた破片を撒き散らしながら、木っ端微塵に壊れた。

 キラキラと、まるで星が降っているかのような景色に、闇が訪れた。

 真ん中に、スポットライトに照らされたようにして、椅子に座った天使が現われた。白いネグリジェ姿の天使が微笑みながら、あたしに手を差し出し、手のひらの上にある赤いなにかをあたしに渡そうとしていて。

 真っ赤な……どくどくと脈動する、それは……心臓に思えた。

 途端に天使の胸の部分に陥没が空き、そして微笑んだままの表情をした顔が、ゆっくりと横にずれ……ごろりと、落ちた。

 音の出ない、あたしの絶叫。

 無音の世界には、白を陵辱する生々しい赤と漆黒が滲み、その中で――こちらに背を向けた黒服の男の輪郭が浮かび上がった。

 片手の指が赤く染まり、反対の手には、赤い雫を滴らす鋭利な刃物が握られていて。

 男はゆっくりと、あたしに振り返る。

 サングラスをかけた顔。

 あたしはその顔に見覚えがあった。

 ああ――。
 この男は天使を拉致した男であり、喫茶店で銃を乱射した男だ。


 男がなにか唇を動かした。


 〝エリュシオン〟


 それを合図に、意識は昏い深淵へと落ちた。

 
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