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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
「……ず?」
……なにか、おかしくない?
だけどなにがおかしいのか、よくわからない。
事実がそうだったのだから、おかしいはずはないのに。
でも、九年後の今は、なにかおかしいと思える。
どうして、今さら?
記憶が古すぎて、曖昧だから?
怖すぎた記憶の方が、あまりにも強いから?
「柚?」
気づいたら、皆があたしを見ていて、あたしは謝りながら笑った。
そうか、夢で久しぶりに天使を見たからだ。
内容は思い出せないけど、夢というものは大抵思い出せないものだから、当然と言えば当然なんだけれど。
だけど、なにかひっかかった。
まるで小魚の骨が喉に引っかかったような――。
「――つまり、新聞にもネットにもねぇということは、元々闇に隠す事件だったんだろう、上原を拉致することは」
早瀬の声に意識が集中し、夢の追求は後回しにした。
「拉致の理由は、向こうだけが一方的にわかっている……理不尽のものとしかいえねぇな」
皆が頷いた。
「そこでだ。そんな連中が絡んでいるとなれば、安全が保証できなくなった。ここには、音楽をやるために、裕貴と小林を呼んだ。そして三芳も巻き込んだ形になる。音楽は別の形で必ずやる。だからここは引いて、日常に帰れ」
そうだ。
相手がどんなひと達なのかわからないけれど、彼らだって平穏に暮らす権利がある。
なにもあたしのために、危険を冒さなくたって……。
いや、絶対的に冒すことはないのだ。
もうこれは、彼らの善意に頼れる問題ではない気がする。
あたしは、善意に甘えちゃいけない。
あたしが出来ることは、彼らを少しでも日常に帰すことだ。
「――早瀬さんもです」
あたしが毅然とした態度でそう言うと、早瀬の目が細められた。
「ここで解散しましょう。気をつけないといけない相手だということはわかりました。どうするのかちょっとまだ決めてませんが、あたしは大丈夫だし、なんなら亜貴のいるアメリカにいけばいい」
「上原」
「本当に十分過ぎるほど、善意と優しさを頂きました。だから」
「上原」
怒りを帯びたような、早瀬の視線が突き刺さってくる。
「ひとりでなんとか出来ると思うな、アホ」