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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
目的の店は、焦げ茶の外壁にワイン色の屋根や飾りがアクセントになっているお洒落な外観だった。
茶色とワイン色ということは、チョコとベリーをイメージしているのだろうか。選ばれた色からして、期待に胸を膨らませる。
前に迫り出たワイン色の屋根と、ぐるりと店を取り囲む大きなガラス壁中央にあるワイン色のアクセントには、銀色の文字でフランス語が書かれてある。
『Gâteau aux framboises』……ラズベリーのケーキとでも直訳される文字が、この店の名前だ。
正面の自動ドアを開けると、左側がお持ち帰り用の店舗、右側が喫茶室になっているようで、茶色のスーツにワイン色と短いタイをした綺麗なお姉さんが、通り沿いが見える窓際を一望できる……二人ずつ横に並べる席に案内してくれた。
テーブルは横一列窓の端から端まで続いているが、左右に並ぶ座席が恥ずかしいあたしが、別の普通の向かい合わせの席がいいと店員さんに言おうとすると、早瀬はあたしの口を手で抑えてあたしの懇願を無に返した。
礼儀正しく振る舞うお姉さんは、早瀬をちらちらと見ていたが、音楽家の早瀬須王だと気づいていないらしく、周囲も互いの相手との談話に夢中になっているのか、こちらの方に向く顔はない。
ワイン色の表紙をした縦長のメニューを広げると、写真に燦々と輝くようなベリーが、形を変え品を変え……。
「……っ」
見ていたら、じんわりと滲む涙でメニューがよく見えなくなる。
「なんで泣くんだよ、嫌だったか、ここ」
「違うの、ベリーが一杯なのが幸せすぎて。昨日ベリー食べずに違うものに浮気してしまったから、余計。どうしよう決められない」
すると、窓から差し込む太陽光で、髪や瞳の青さを強めながら、早瀬はテーブルに肘をついたまま、柔らかく笑った。
「好きなだけ食えば?」
「食べたら破産します」
「別にお前が出すんじゃねぇからいいだろう?」
「へ?」
「俺が食いたいからここに来た。お前はおまけでついてきただけ。だから金出すことねぇだろう?」
「い、いや……それはちょっと……」
「俺、借金ねぇから金に困ってねぇの。お前の金で食べてると思って、素直に奢られておけ」
……そう言われるとなにも言い返せず。