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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
「明日は、家で音楽やろうと思っている。連れ出してやれねぇけど、大丈夫か?」
物憂げな早瀬の顔があたしを斜めに見下ろしてくる。
「え、もしかして外に出たのはあたしに気分転換をさせるため、とか?」
早瀬はそれには答えず、テーブルに肘をつけた手の上に顎を乗せて、窓の外を見ている。
「……騒がしい奴らばかりだが、いなくなるひとりの時間が来れば反動が来るかもしれねぇ。それくらい銃っていうのは厄介だから、気分転換出来る時はしておけ」
早瀬は、銃を見知っているかのように言う。
「随分と詳しいけど……本当にただの音楽家?」
「当然」
……本当かな。
本当じゃなければ、このひと何者なの、という話になる。
その時、ケーキが来た。
正しくは、早瀬が頼んだケーキだけが速攻で来た。
ラズベリーモンブランは、巨峰の汁のような鮮やかなワイン色。
ぐねぐねと山盛りになっていて、カシスのアイスみたいだ。
早瀬が一口フォークで切ると、中にはベリーがごろごろだ。
「ここまで詰まっているのか、すげぇな」
そして早瀬は一口食べてみて、顔を綻ばせた。
フォークを口に入れる瞬間は眉根を寄せるのに、こういう笑みはただの子供の王子様みたいで、こちらも思わず微笑みたくなってくる。
早瀬はまたフォークに掬うと、言った。
「はい。お前の分」
「あ、ありがとう……」
あたしのところに置かれてあるパフェ用の長いスプーンで食べようとすると、早瀬に怒られる。
「なんでそっちだよ。俺が用意してるだろ!?」
「あ、ああ。ありがとう」
フォークの柄を手にしようとしたら、反対側の手でぴしっと叩かれる。
「な、なんで不正解なの?」
「ん」
あたしの顔の前に突き出されるモンブランケーキ。
……これは、皆の前で〝あーん〟をしろと言うのだろうか。