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エリュシオンでささやいて
第6章 Invisible Voice
 

「この鬼畜っ!!」

「鬼畜がお望みなら食うけど。なんだお前、食って欲しいのか。随分とグロい女だな」

「違うぅぅぅぅ!!」

 さらに違う意味で、全身鳥肌が立つ。

「お前、ここほっぺにクリームついてる」

「え、ここ?」

「違う。鈍くせぇ奴だな、もうちょっと来い」

 早くとって欲しいと顔を近づけると、早瀬も顔を近づけてきて……手ではなくて舌であたしの頬を舐めたあと、唇まで舌で舐めて。

 さらには――。


 カシャッ。
 カシャッ。
 カシャッ。

「おー、よく撮れてる撮れてる」


 早瀬がスマホを見て喜んだ。

 至る所から視線を感じる。

 ……今、公衆の面前でなにが起きましたか。
 
「……どうした、固まって」

「………」

「あ、見たいのか。ほら」

 早瀬の口があたしの口角にあたっている瞬間の、美しくも悩ましい早瀬のカメラ目線の顔に対して、驚きのあまりに鼻の穴を広げている……ゴリラのように固まっているあたしの馬鹿面。

 それが角度を変えて何枚も撮されているのに、あたしの馬鹿面だけは治らない。ここまでの顔なら、普段もこんな顔をしているんだろうか。

 モグモグの方がよっぽど可愛い。

 あたしは項垂れ、両手で顔を隠してさめざめと泣いた。

 お嫁行けない。

 その間にも非情な早瀬は店員さんを呼んで、なにかを言っている。

「柚」

「……」

「柚ちゃん」

「……」

「……公衆の面前で、すげぇキスしてやるか?」

「なんでしょう?」

 顔を上げると、予想以上に厳しい顔をした早瀬がいた。

 早瀬は目でスマホを促すと、それを拡大してみせた。

 それは背景となった窓の奥の景色の一点。

 ……黒いボックスカーのようなものが見えた。
 
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