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エリュシオンでささやいて
第7章 Overture Voice
「棗くんは、なんであんなことを? あたし、棗くんと接点なかったよね?」
少し詰るような口調になってしまった。
棗くんは、複雑そうに笑う。
「……接点ない、か」
意味ありげに、少し哀しげに伏し目がちに笑う。
「棗くん?」
「いや……なんで須王がそう言って、私を使ったのかは須王に聞いて欲しい。それは須王の問題であり、私が答える問題じゃないから」
「だけど……」
「でも、私も上原サンを傷つけた事実は変わらないわね。私も、あの時の上原サンの顔を忘れることは出来ないくらい、心に刻みつけられた。須王の頼みとはいえ、なんであんなことをしてしまったのかと正直後悔したわ」
「……っ」
「だからお詫びこれだけは教えてあげる」
棗くんは言った。
「上原サンから去った後、須王は震えながら泣いていたの。噛みしめた唇から血を流して、そして……壁に頭と拳を叩きつけて、泣き叫んでいたわ」
「え……」
喉の奥がひりひりする。
あたしにとってはありえない早瀬の姿だったから。
九年前、あたしをフッた早瀬は、笑いながら美女と消え去っていたと思っていたから。
「そしてね。あなたの指が動かなくなって、推薦が取り消されたと知った時、須王は、夕方の土砂降りの中ずっと外で立っていてね。連絡が取れない私が探して、ようやく見つけた時には、夜の十時。身体が冷たくなって倒れて……そのまま入院したの」
「にゅ、入院!?」
「そう。肺炎引き起こして、絶対安静。重篤だったのよ。あなたにしたことは冷酷なもので、それを止めなかった私も悪いけれど、自業自得とはいえ……もしかすると須王は、あなた以上に傷ついていたかもしれない。虚ろな目をしてゾンビみたいだったから。いっそ死んだ方が楽なんじゃないかと思うくらい」
「……っ」