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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
 

――柚、ひとつの曲を作らねぇ? お前となら、すげぇの出来ると思うんだ。俺、お前に近づけるよう、頑張るから。

 なぜ、数多ある音楽会社の中でエリュシオンを選んで来たの?
 なぜ、処女ではない無価値なあたしを巻き込んで、ひとつの曲を作ろうとしているの?

 なぜ。
 なぜ。

 過去と繋がるものを聞けずに拒むことしか出来ないあたしは、過去の苦痛がぶり返すのを極端に怖れながら、合意のセックスをしている。

 ……彼に、鼓動を揺らしたくない。
 あたしは女で、彼を男だと意識したくない。

 同僚として上司として、素晴らしい音楽家としては尊敬する。
 あなたが紡ぐ音は素晴らしいと、それだけは認めるから。

――お前の家族の名前を利用しろ。

 ねぇ、利用したいのはあなたなの?
 だからプロジェクトに入れたがるの?

 あなたに必要なのは、あたしの能力ではなくて肩書き?
 あたしを煽てて、またあたしを騙そうとしてる?
 
「……っ」

――柚、怖くなくなるまで抱きしめていてあげる。

 亜貴、怖いよ。
 もうあんな思いをしたくないよ。

――有名人の娘だからお前のバージンに価値があった。それがなくなれば、お前に価値はねぇ。性処理でもいいって言うなら、抱いてやるけど?

 戻されるの。
 彼にとって特別だと思い込んだ、惨めな女の姿に――。

 戻って来てよ、亜貴。

 早く元気になって帰国して。
 また「大丈夫」だってあたしにささやいて。

「亜貴……」

 あたしにささやいていいのは、亜貴だけなんだから――。
 
「……戻って来て……」 

 あたしは泣きながら目を覚ました。

 早瀬の腕の中、九年前より逞しくなった彼の胸に、顔をつけるようにして眠っていたことに驚き、ぱっと離れる。

 早瀬はぐっすりと寝ているようだ。

 長い睫。
 精悍な頬。
 シャープな顎。
 半開きの形いい唇。

 これ以上美しい男を見たことがない。
 どんな芸能人も霞んでしまうほど。

 恋人にはなりえない男と、また一夜を過ごしてしまった。
 後悔と罪悪感だけが胸に積もって息苦しい。

 よりによって早瀬とこんなことをしているなんて。
 セフレ以下の関係を続けるあたしは、なんて自虐的だろう。

 現実が悲しくて、苦しくて。

 ……早瀬に抱かれた時は特に、忘れたい悪夢を見て飛び起きる。
 
 
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