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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
 

 美貌も名誉もある男に抱かれて、あたしは恵まれていると世の女は言うのだろう。

 どんな理由であっても、抱かれて名前を呼んでくれたら、それだけですべてのわだかまりを水に流して、彼を愛し愛されたいと願うのだろう。

――有名人の娘だからお前のバージンに価値があった。それがなくなれば、お前に価値はねぇ。性処理でもいいって言うなら、抱いてやるけど?

 ねぇ……どれ程の女を抱いて虜にしてきたの?
 今の本命はどんな女? 

――俺が抜きたい時に性処理としてお前を抱く。 

 どこまでも無防備に、眠っていても彫刻のように美しい顔を見せる早瀬の首を、両手で縊り殺したくなる。

「……嫌い」

 あたしがなにかすると思っていないんだろうか。
 あたしはそうすることも出来ないほど無力で、どうとでも出来るちっぽけな女だと思っているんだろうか。
 
「大っ嫌い」

 早瀬が、泣きたくなるほど嫌い。

 あたしを傷つけておいて、あんなに素晴らしい音を作れるのが悔しくて。
 音楽は人間の本質だと思えば、綺麗な彼の心に綺麗な姿で居られないのが悲しくて。

 どうして男と女はセックスをするの。

 唇を重ねたのは、処女を奪われたあの時だけ。
 処女でなくなれば、ただの性処理の道具には親愛の情すらわかないのだろう――そんな冷酷さが身に染みているのに、今尚同じ苦痛を味わっている。

 仕事とセックスと、割り切れないあたしは、いまだ過去に囚われて。
 早瀬から卒業したいのに、卒業できない。

「早瀬のいない世界に行きたい……」

 あたしは呟き、ベッドから下りると、暖房が入った室内でハンガーにかけていた……まだ湿ったままの衣服を身につけた。

 乾くまで、乾かすまで、彼と一緒に居たくなかったから、風邪をひいてもいいからと、その上にコートを羽織って、逃げるようにして部屋を出た。

 ホテルを出ると車のクラクションの音が聞こえて、またいつもの騒然とした日常が始まったことを知った。

 朝陽が穢れたあたしを照らし出して、あまりの眩しさに涙を流す。

 身体についた早瀬の痕跡を、すべてなかったように浄化して貰いたいと思いながら。




「――くそ……っ」

 ……あたしのすべての呟きを早瀬が聞いていたことにも、……彼が両手で顔を覆う際、その目から一筋の悔し涙が頬に伝い落ちたのも、気づかずに。

 
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