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エリュシオンでささやいて
第7章 Overture Voice

……この状況なら文句は言う方が筋違いだけれど、ここは八階だ。
しかも非常階段のくせに、急な階段で。
転びそうで怖い。
「柚、上りじゃないだけマシだって!」
裕貴くんのお言葉はごもっともだけれど、あたしの靴、かかとが高いんです。女帝は家からぺちゃんこ靴を履いているけれど、あたし……通勤用の靴なんです!
「ひっ、ひっ」
転げ落ちそうになるのを堪えて、年寄りのようにぜぇぜぇ息をして手すりに掴まりながら降りると、上から「下だ!」とか「下から上に上がれ!」とか怖い声が聞こえて、身震いした。
挟み撃ちになるのも嫌だけれど、ここで転げ落ちたら皆まで巻き添え食うと思えば、なんとかして早く降りたいとは思うけれど、こんなに早く駆け下りたこともないあたしは脹ら脛(ふくらはぎ)をパンパンにさせながら、くらくらと貧血状態。
そしてとうとう、ずるっと階段を踏み外して宙に浮いた瞬間、早瀬の腕の中に居た。
「……悪い、お前の体力考えてなかった」
体力より、靴なんですけれど。
そうだ、靴脱いじゃえばいいんだ。
当たり前のことに気づいたあたしが、脱いだ靴を手にして言った。
「ありがとう。靴脱げば大丈夫だから、下ろして……」
しかし早瀬は下ろしてくれる気配がなく。
……え?
「ねぇ、下ろして!」
「嫌だ」
嫌だってなに!?
「棗、先頭に。三芳と裕貴後ろに頼む」
「「「了解!!」」」
「下ろしてってば!」
「黙れ。守ると言っただろう!?」
なんでこのひと、こんな場面で不遜なのよ。
「これは守るんじゃない、ただの意地悪だから、離せ、離せ~!!」
しかしあたしは、早瀬にお姫様抱っこされながら階段を降りる。
「自分で降りるから!」
「……このまま下に放り投げるか? よく転がるぞ」
「ヨロシクオネガイシマス」
弱いあたしは速攻諦めた。

