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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
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ホテル最寄りのJR品川駅から、京浜急行線で三つ目青物横丁駅で下りて、次の鮫洲駅も徒歩圏内にある、南品川の一角に、あたしは住んでいる。
なんとか僅かな所持金で家に帰れてほっとする。
つり革に掴まり電車に揺られながら、長閑な光が差し込む窓から、所狭しとぎゅうぎゅうに並んで建てられた家を、ぼんやりと眺める。
東京は夏の台風災害の対策として、暴風雨に吹き飛ばないしっかりとした屋根の家が建ち並ぶが、これが冬に雪が降る北国であるのなら、雪が落ちる対策をなされた屋根の家が、距離をあけて建ち並んでいるのだと――小さい頃家族でスキーに行った時、そう父さんが教えてくれたことを思い出した。
南品川に住んで四年――。
たくさんの高層マンションが出来てしまい、日当たりは悪くなってしまったけれど、それでもこのご時世、安い家賃を変えないままでいてくれる、おばあちゃま大家さんに感謝している。
大家さんは、インテリアデザイナーをしていた亜貴のお客様のひとりで、亜貴が改築した四年前、大家さんにあたしを紹介してくれたのだ。
大家さんは亡くなった旦那さんからあたしの住む建物を受け継いだものの、皹が入って陰鬱そうな外観だったために、入居者もいないのに維持費だの税金だのだけがかかって、年金生活を圧迫し、手放すことを考えていたそうだ。
それを大家さんが横断歩道中に、買い物袋から落とした野菜を亜貴が拾った縁で、相談された亜貴がリフォームデザインや工事を、ツテで格安で請け負ったところ、入居者が増えて生活を支えられる収入になったそうで、大家さんは亜貴に感謝して、いつも亜貴の従妹であるあたしにも、気遣ってくれている。
家に帰り、お気に入りの柚の匂いがするお風呂に浸かって、ようやくあたしらしい匂いにリフレッシュ出来たと喜んでいた最中、訪問者を告げるチャイムの音がして出ると、大家のおばあちゃまだった。
「柚ちゃん、元気かい? 不都合なことないかい?」
大家さんは、月に一度銀行に行く日に、全部の部屋を回り声をかける。
腰が曲がった小さな身体。しわしわな顔で愛嬌ある笑いを作り、女性なのに男気溢れるパワフルなおばあさんだ。
今、七時ちょっとすぎ。
仕事で残業が多いから、あたしだけこうして、確実に家にいる朝早い時間帯に、訪ねて来てくれる。