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エリュシオンでささやいて
第7章 Overture Voice
「俺が知っている男? 知らねぇ男?」
しかも話が進んでいる。
貧乏揺すりまで始まってイライラしているようだから、これは誤魔化したら怒られそうだ。別にやましくないんだから、本当のことを言おう。
「上の食堂の隆くん。ほら前に全員で食べたティラミスを作ってくれて。そのお礼に奢ることになったの」
さらっと。さらさらさらりと。
ほぉら、なにもおかしなことはないでしょう?
にこぉと笑って見せたが、その甲斐無くなんだか凶悪な空気を纏い始めた気がする。
「必要ねぇだろうが。だったら食った奴全員に奢らせろ!」
「あたしが頼んだんだよ、隆くんに。そうしたら次の日出す予定のデザートを回してくれたの。三十人分もよ? すっごく優しいでしょう?」
「……むかつく」
「は? なんでむかつくという話になるの!?」
「俺の前で他の男を褒めまくりやがって……」
「はあああ!?」
「そいつもそいつだ。デザート如きでお前の気を引こうとしやがって。ちゃっかりデートの約束してるじゃねぇかよ。奢るんならこの缶珈琲を持っていけよ、それで速攻デートは永遠に中止にしてこい! 早く!」
早瀬はずいと、あたしにくれたはずの缶珈琲をあたしの顔の前に近づけた。
「いやいやちょっと待ってよ。隆くんは女性ばかりのお店の食事の偵察にいけないから、あたしに同行を頼んだだけよ!?」
「行けないのなら行かなきゃいいだろうが。それかお前ひとりに行かせるとか、方法はある!」
「隆くんは調理師なんだよ? あたしだけが行って、どう料理の味を説明出来ると思ってるの?」
「……じゃあ別のところにそいつひとりが行けばいいだろう、そんな店じゃなく。東京には店が星の数ほどあるんだ。これはお前を誘う口実だろうが! お前はそいつに狙われているんだよ!」
「考えすぎだって。モテモテなあなたじゃあるまいし、このあたしが! なんで弟みたいな、無害な隆くんから狙われないといけないのよ」