この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
エリュシオンでささやいて
第7章 Overture Voice
新品の箱に一式が揃っているようだ。
箱に書かれてあるブランド名を見て、あたしは目を細めた。
「これ、一度か使ったことある?」
「さあ? どうだったかな」
「これ、滅茶苦茶高いのよ!? ひとつ一万円とかする鍋なのよ。なんでこんな高いものを通販なんかで買うのよ!?」
それは、あたしがいつも横目で見ていたブランドのものだった。
ピッカピッカの鍋。
片手で使うには重い鍋。
料理に自信が持てるようになったらひとつくらい買ってみようかと思っていたのを、料理が使わないひとが買っているなんて。
「他の鍋の値段なんて知らねぇよ。通販でうまそうなの作っている写真があったから、これを使えばうまい料理が出来るのかなって。でも買ったら料理を食った気分になって、棚の中だ」
わからないでもない。
人間手に入れたら、それだけで満足する生き物だから。
「……あなたに料理を作る女性はいなかったんですか?」
「いるわけねぇだろう」
「でもそれにしては、お皿とかコップとか。あなたの趣味?」
横の棚には、ピンク色の柄がついたものがちらほら見える。
「……棗だよ」
早瀬は棚の扉を開けてピンクのコップを取り出し、ひっくり返して底を見せた。底には『なつめ♡』と書かれてある。
「厄介な女がもし押し入ったときに、女の匂いをさせておいた方が良いと、あいつがピンクの食器に名前を書いて、ここに来た時に喜んで使っている」
……棗くん。男の子なのにね。
「今までで俺の家に入ったのは、棗とお前のふたりしかいねぇ。あ、清掃を除けばな」
「女遊びをしていた時も?」
すると早瀬は苦笑した。
「一度限定の女を、自宅に招くか。俺の女面して面倒になるだけだろう」
「……そう、ですか」
なんだろう。
早瀬の空間だと思うからなのか、この部屋に立ち入ることが許された女があたしだけだということに、過剰反応している気がする。
あたしは、一度限りにはならないの?
あたしは、あなたが好きと自覚を持って今ここにいるのに。