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エリュシオンでささやいて
第7章 Overture Voice
「二十……そんなにするの、そのワイン」
「ああ。まあこれも賄賂だからな。上を見れば、100万超すロマネコンティもある」
そんなワインを飲むひとは、どんなセレブなのかしら。
二十万と聞いただけで、あたしの飲み方がちびちびとなる。
そんなあたしを早瀬は笑いながら見て、ワインを口に含むと、そのまま、なにかを考え込んでいる。
「どうしたの?」
「ん……」
またワインを飲んだ。
「なにから話したらいいのかなって」
目許をほんのりと赤くさせて、妖艶に……しかしどこか苦悶の表情をする。
「いざとなったら、なにも言葉が出てこねぇ」
自嘲気に笑いながら、早瀬はまたワイングラスを呷る。
「こんなんじゃいけねぇのに」
空を睨みつけるその横顔は、翳って見えた。
棗くんに言われた。
早瀬の自発的な言葉を待って居て欲しいと。
質問をするとあたしは早瀬に言った。
聞きたいことはたくさんある。
言いたいことはたくさんある。
だけどそれは、早瀬の言葉を待ってからでもいい。
あたしは、ワインを飲みながら、彼の言葉を待った。
「俺は……小学校高学年から中学校にも行ってねぇんだ。棗もそうだ。俺達は親に捨てられて、施設で育った。ろくでもねぇ母親に虐待された挙げ句に」
話し始めたのは、意外な話題で。
「施設は……地獄だった。施設は隠れ蓑で、世間から見捨てられた他の子供と共に、あるところで、ある金持ち集団の……私兵としての訓練をさせられた。傭兵と言えばいいのか。……言わば黒服達のようなものだ」
あまりに不穏な話の展開に、あたしの顔が強張る。
「八歳で銃を持ち、格闘術を仕込まれた。筋がよかったみたいで、こなせばこなすほどに、過酷な訓練が待っていた」
目の前にいる男は、華々しい脚光を浴びた、天才音楽家の早瀬須王で――。
物騒な世界とは無縁なのに、確かにあたしは早瀬が銃を難なく使うのを見た。確かにひとを倒しているのも見た。
それは尋常ではない非日常の一幕だったのに、黒服のような……ひとの命を奪う側に居たということを信じることが出来ない。
早瀬は、こんなに……あたしの日常に溶け込んだ男なのに。