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エリュシオンでささやいて
第7章 Overture Voice
「ああ。忘れていられるほどには、お前には大したことがなかったんだろうが。棗がお前を呼んだらしい。その時棗は、声変わりで声の調節が出来ねぇようで、うまく喋れなかったようだから」
「でも棗くん、女の子だったよ!?」
「ああ。棗はそういう格好を強いられてきたからな」
ダークブルーの瞳が憎々しげに細められる。
その格好でなにをしていたの?
なんで傷ついて倒れていたの?
でも聞けない。
「お前に迷惑がかかると思って、逃げた。逃げたけど……お前に、助けてくれてありがとうと言いたくてたまらなくて。……会いたくてたまらなくて」
早瀬はあたしの手を握り直した。
「お前、俺に死なないでと励まし続けていたろう。あの声に、俺は救われた。生きていてもいいのだと、思えた」
「……っ」
全く記憶がない……夢と処理していたことを、ほんの些細なことなのに、早瀬は覚えていてくれたなんて。
それが嬉しくて、そして……切なくて。
早瀬は淡々と喋っているけれど、銃や体術は相当なものだ。
それくらいのものを仕込まれた地獄は、生きていることが責められる環境は、どんなに過酷なものだったんだろう。
あたしは、恵まれた環境に育って、家族が傍にいて、美味しいものを沢山食べて。好きなピアノを弾いていた。早瀬が生死を決める銃を握った時、あたしは平和な楽器を手にしていた。
この差は大きくて――。
「泣くなよ」
早瀬が、頬に零れたあたしの涙を指で拭う。
一切の僻みがない、その純真な瞳を細めて笑う。
「泣かれたら、続けられねぇから」
あたしは唇を引き結び、両手で目をごしごしと擦って言った。
「ごめん。続けて」
あたしの覚悟を見たのか、早瀬は軽く笑った。