この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice

「うわあ、いつもいつも本当にありがとうございます。お煎餅も好きだし、それにこのお花、大好きなんです」
「そうか、そうか。それはよかった」
その花は、紙のように薄い花びらの八重咲きの多弁の品種で、深く上品で瑞々しい赤色している。
ラナンキュラスという多弁の花の種類の中、ラックスと呼ばれる……光沢のある花弁を持つシリーズのひとつで、太陽の光が当たるとより輝きを増す……と、最初に貰った花束に説明書が書いてあったのだけれど。
視覚も嗅覚も、癒やされる。
「しかし大家さん、よくこんな珍しいお花を見つけましたね。凄くお高いでしょう」
赤い花と言えば、赤薔薇しか思いつかないあたし。
「え? ん、ん……」
「大家さん?」
「い、いやいや。ワシはな、せんすがあるんじゃ、がははははは」
腰を伸ばすようにして豪快に笑うから、つられてあたしも笑った。
どんなに家族やエリュシオンから孤立してひとりでも、あたしの住むところには、心温かなひとが愛をくれる。
こんな時間に花屋が開いているわけはないし、前日からあたしに渡そうと用意してくれた、その心だけでも本当に嬉しくて。
こういう優しいひとが居てくれるから、あたしは頑張れる。
ひとりじゃないと思える。
大家さんに別れ告げた後、お花を花瓶に入れ、テーブルの上で頬杖をついて、赤い優雅な花を眺めた。
「……なりたい。この花が似合うような、大人に」
私怨や私情とは無関係に。
艶やかに、華やかに……自分にしか出せない個性的な色で咲き誇れたら――。
そしてこの色は、天使がつけていた首輪の色。
……いつもこの花が来る度思うんだ。
天使はいつも、形を変えながら、あたしのそばで応援してくれていると。
日常で向けられる、ささやかな心を見逃すような女にはなりたくない。
前を向いて頑張ろう――。
「――柚、ファイト!! くじけるなっ!!」
あたしは自分にエールを送り、会社に行く支度をしに立ち上がった。

