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エリュシオンでささやいて
第7章 Overture Voice
「これは、別に早瀬のせいじゃ」
「俺のせいだ。お前は優しいから、ひとのせいにしねぇが、幾ら俺でもわかる。お前に傷を作ったから、怪我をするに至らせた。俺が階段から突き落としたようなものだ」
早瀬は、顔に凄惨な翳りを作った。
「……お前を守りたいはずがお前を苦しめていくことを知った。それでも俺は、どうしてもお前の想いを断ち切れなかった。組織を出ればまた会える……そう思っていた。監視を欺くためとはいえ、言った言葉は取り消して、時間を戻せると高を括っていたんだ。思えば俺は、すべてに対して甘すぎて……お前の行方がわからなくなった時に、いや、お前をフッたあの時から、俺は取り返しのつかないことをしでかして、お前との縁は切れてしまった現実を知った」
「……っ」
「だけどどうしても会いたかった。普通の男女のように、今度は命の危険が出る組織なんてものが絡まない、対等な立場で。戻れないとわかっていても、それでも……、仕切り直しをしたいと淡い希望を抱いた」
その頃あたしは、生きていくのに必死で。
早瀬につけられた傷を塞ぐのに懸命で。
「お前はピアノが弾けなくなっても、必ず音楽に携わっていると思った。あんなにお前は、音楽を楽しそうに語っていたから。だけど調べてもお前を見つけることが出来なくて」
あたしは――、音楽と無縁な大学時代を送っていた。
「いつか会えるように、組織から出た俺は音楽を選んだ。ひとへの攻撃を植え付けられた俺が、ひとの心を癒やす音楽を作ることの滑稽さに、内心自嘲しながら、いつか……昔とは違う俺の姿を、お前に見て貰えたら。また会えたら今度こそ俺は、お前の心を守る側に……味方に立ちたいと」
「………」
「……俺の音楽は、伝えられなかった俺の想いだ。お前に会えなかった九年間、言葉の代わりに音に込めてきた。音を通して、お前に告げていた。いつでもどんな時でも……好きだって。苦しめて悪かったと。だから、また……音楽であの笑顔を見せて欲しいと」
罪悪感を滲ませる早瀬の愛情に、胸が痛い。
あの素敵な音楽に、込められたメッセージをあたしは無意識に受け取っていたのだろうに、それでもあたしは早瀬を嫌ってきた。嫌いだと、本人に告げた。
早瀬を拒絶していたあたしに、早瀬はどう思っていただろう。