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エリュシオンでささやいて
第7章 Overture Voice
あたしは――。
早瀬の音楽が、切なくなるほど好きだった。
特に恋愛系の音楽は、ぎゅっと胸が絞られる心地がして。
今、早瀬の言葉から音楽と似た旋律を感じている。
音楽は嘘をつかない。
その音楽が、早瀬の言葉に溢れている――。
「……音楽では誰にも負けたくなかった。誰よりもずっと、健気に頑張るお前が……好きだったから。音楽室でのあの思い出に縋りながら」
涙が止まらないあたしは、繋いだ手で早瀬の胸にドンと叩いた。
「あたし……辛かった」
あたしは自分の気持ちを吐き出す。
「……ん」
「最初は似た音楽のセンスを持つ早瀬と、音楽のことを話すのが好きで。とても好きで……早瀬だから、あたしはハジメテをあげたの。早瀬以外には、あたしは身体をあげない。早瀬だから……」
「ん」
早瀬は、辛そうな顔をしながら、短くそれだけ返事をして。
彼は、受け止めようとしている。
あたしが早瀬の九年を受け止めようとしたように、彼もまた、今まであたしが忌避してきた九年前の話題を。
「ずっと吐いてた。早瀬と繋がったことを忘れたいように、ずっとずっと。生きた心地がしなかった。あたしは騙されていたんだって。馬鹿なあたしが自惚れて、早瀬に愛されているような錯覚をして、ひとりで幸せな気分になっていただけだって」
「ん……」
「ずっとあなたの言葉が忘れられなかった。有名人の娘だから、処女だから。そんな理由であなたが近づいていただけだと、あたし自身を見てくれていたわけではなかったと、そう思ったら、憎しみすら覚えた」
「……ん」
早瀬は、声を荒げるあたしを見ていた。
「男性恐怖症になって、触られるのも嫌で。それを亜貴が一生懸命和らげてくれた。献身してくれた。だけどあたし、前に進もうと恋をしようとして、家族のことを言わなくても、あたしを見てくれる優しいひとと、このひとなら大丈夫かもしれないと、大学時代ホテルに行った。だけど、駄目だった。あなたに言われたことがトラウマになって。あなたがあたしの隅々にまで刻みついて」
「ん……」
「二年前再会した時、最悪だと思った。あなたはあたしが出来なくなった音楽の地位と名声を持っている。ひとを傷つけておいて、なにが音楽、なにが天才だと思った」
早瀬は、戦慄く唇を噛みしめていた。