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エリュシオンでささやいて
第7章 Overture Voice
――ひとは彼を天才音楽家と言うけれど、私から見れば、努力の賜よ。あれだけ頑張ったのだから、どんなに若かろうと今の地位があるのは頷ける。当然よ。
「だけどあなたの音楽に否応なしに惹かれる自分がいて、だったらあなたが作った音楽とあなたを切り離そうと思った。それなのにあなたは、困っているあたしに借金の代償に、あたしの身体を求めた。性処理だと」
涙が止まらない。
「トラウマの相手に性処理だと言われる屈辱、あなたにわかるかな!? 七年かかって塞いだはずの傷口を抉られて、離れたくて仕方がないのに、身体だけ求められて、身体だけが密着して、心が離れているこの空しさ。あたしは早瀬にとってなに? あたしをあたしと認めない早瀬なんて嫌い、大嫌いだって思った」
「ん……」
早瀬は苦しげに眉間に皺を寄せた。
「なんで性処理なんて言ったの!?」
早瀬は言った。
「お前にとって最低男だと思ったから、神聖な音楽以外は、最低なことを言うしかなかった。俺が、本当のことを言う資格はねぇと、そう思ってた」
「勝手に傷つけて、さらに追い打ちをかけて酷いよ!! 金のため亜貴のためだとそのためだけに抱かれるのが、どれだけあたしを傷つけていたのか、わからなかったの?」
早瀬は苦しげな浅い息をしていた。
「最低なことでも……やっと会えたお前を離したくなかった。なんとしても、繋ぎ止めていたかった。お前を見守れる場所にいたかった。お前に好かれることはねぇと、もう音楽室でのように笑ってくれねぇと思っていた俺には、身体で繋ぎ止める方法しか思いつかなくて。せめて憎悪でも、俺のことで頭をいっぱいにして貰いたかった。好きという感情と同じくらいの強い感情を、俺に持って貰いたかったんだ。俺に、お前の感情が欲しかった」
「あたしの心を切り捨てたくせに、自分勝手過ぎるよ!」
「……だな。わかっている。わかってはいるんだ」
悲しみに翳った顔で、切なそうに早瀬は横を向く。
……予定では、あたしは早瀬をここまで詰るつもりはなくて。
だけど止まらない。早瀬が素を見せようとしているから、あたしも抱え込んだ本当の自分が叫ぶ姿を見せている。
あたしにとって、それだけの九年だった。