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エリュシオンでささやいて
第7章 Overture Voice
「あたしは高嶺の花でもない。あたしは日の当たるところが相応しい女じゃない。ただの……あなたと同じ世界に生きている女なの。酷いことをされたり、酷いことを言われたら、傷つくし泣くの! あなたと同じ人間で、刺されたら血を流して痛くてたまらなくなるの! あたし、なにも言われないで、あなたひとりの都合に、九年も振り回されていたことが本当に口惜しい!」
あたしは早瀬の胸ぐらを掴んだ。
「地下組織がなに!? 監視がなに!? なんのためにあなたは地下で力を養ったのよ。それなのになんであたしを守り続けてくれなかったのよ。どうして組織の力に屈してしまったのよ!」
「え……」
「九年前も今も、あたしが危険ならあたしを守ればいいじゃない。誰よりもあたしの近くで! 線を引いて勝手に高みにあげないで、遠巻きからじゃなくて、あたしの横で。なんで突き放したのよ。あたし、危険でもよかった! あなたが離れることが、死ぬより辛かったのに! どうしてあたしの命ではなくて、あたしの心を……あなたが好きな心を、守ってくれなかったのよ!」
驚く早瀬の目を見ながら、あたしは引き攣った息をしながら言い捨てた。
「今さらでしょう!? 九年前にもう気づいていたでしょう!? いいえ、こんないい方は卑怯よね。あたしは! 九年前も今も、あなたが好きなの!」
早瀬が、理解出来ないというように瞬きをするのが、無性に腹立つ。
「好き……友達として?」
「そんなわけないでしょう! 異性として、男としてあなたが好き。愛しているの! 冷たくされても傷つけられても、あなたが好きなの!! 好きだからキスしたいの!!」
あたしは乱暴に彼の唇を奪い、キッと呆ける早瀬を睨んだ。
「あなたは何でもお見通しの王様なんでしょう!? なにその反応、腹立つなあ! だけど、なにより一番腹が立つのは……」
あたしはソファから立ち上がって、早瀬の足元に蹲り、両手を床について深々と頭を下げた。
「ごめんなさい」
「は……?」
「あなたがあたしを守ろうとしてくれている、その愛情に気づかず……愚かにもあなたを恨むことしかしてこなかった九年を持つあたしを、許して下さい」
そう、早瀬がなにに苦しんでいるのかあたしは気づこうともしなかった。
早瀬の傷口を見ずに、自分だけの傷を大切にしてきたようなものだ。