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エリュシオンでささやいて
第8章 Staying Voice

「なにか言えよ。また俺に抱かれてぇわけ?」
「ち、違っ。あ、あなた、あたしをからかって楽しんでるでしょう!」
「ばれた?」
「もう!!」
怒れば笑う須王に鼻を噛みつかれて、文句を言えば彼の唇で口を塞がれて。
どこまでも逃れきれない須王の熱が全身を巡る。
「俺、今……すげぇ幸せなんだ。お前が嫌わないでいてくれるのが。好きだって言って貰えるのが」
耳を食まれながら、熱っぽい声で囁かれて。
これは一体なんの罰?
そう思うくらいに、彼は一段とストレートで。
ぶるりと身震いしながら、彼の熱に反応してしまう……身体の震えを抑えようと、あたしのお腹に巻かれた須王の手を、上からぎゅっと掴んでしまう。
「幸せの音楽が頭に流れたんだ。居ても立ってもいられなくて……形にしたかった」
彼は根っからの音楽家だ。
きっかけはあたしかもしれないけれど、あたしだけを理由にできないほど、彼には元々素晴らしい音楽の才能が備わっており、彼しか表現出来ない……独自性と独創性を高め続けている。
「きっと俺は……この曲を口ずさむ度に、この時の幸せを思い出すだろう。今の段階で、中々のものが出来ていると思う」
ピアノは正面に、Ibach(イバッハ)とメーカーの名前がついている。
イバッハとはドイツの最も古いピアノメーカーで、かの有名な「楽劇王」と異名を持つ音楽家ワーグナーも愛用したと言われている。
「イバッハ……なんで?」
イバッハは現代であまり見られない、マニアックなものだ。
「ああ……。ドイツに行った時に、記念に貰った」
「誰から?」
須王が口にしたのは、あたしが憧れていたドイツ人のピアニスト。
「ピアニストでもないのに、彼に師事したの!?」
あたしは彼に憧れていると、言った覚えがあった。
「……まぁ。たまたま偶然傍にいて、話が合ったんだ。それで興味を持ってくれて、少し音楽を勉強しねぇかと誘われて。本格的なピアノ……理論を含めて、作曲について彼から根本を習った」
「習ったって……、彼はドイツ語しか喋れないはずじゃ……」
「ああ、身振り手振りを交えて、カタコトのドイツ語でなんとか」
――ひとは彼を天才音楽家と言うけれど、私から見れば、努力の賜よ。あれだけ頑張ったのだから、どんなに若かろうと今の地位があるのは頷ける。当然よ。

