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エリュシオンでささやいて
第8章 Staying Voice
 
 
「お前の分背負うためには、ちゃんと習ったほうがいいと思って、それで言われるがまま留学したんだ。そんなに長くはいなかったけど、今でも交流はある。今度、一緒にドイツに会いに行こうか」

 何でもないというように、彼は笑った。

 須王には、〝たまたま〟なんていう偶然性はないのだろう。

 彼は今の結果を残すために、色々と頑張ったんだ。
 
 ……自惚れていいのなら、ピアノが弾けなくなったあたしのために、あたしが師事したいと思ったひとの目が留まるようにして、彼の元で、音楽を学んだんだ。

 あたしに代わって――。
 
「……なんてひと」

 その間、あたしは彼を恨むことしかしてこになかった。
 それだけ辛かったのは事実だけれど、その間に彼は、色々なものの習得にも苦しんでいたということになる。

 それを彼は、あたしに見せない。

「ん?」

 何でもないという顔だけしか見せない。

 あたしが聞かなきゃ、言わなかったんでしょう。

 そこまで力をつけて、自在となった音楽でなにを語ろうとしていたのかなんて、彼が既に言っている。

――俺の音楽は、伝えられなかった俺の想いだ。お前に会えなかった九年間、言葉の代わりに音に込めてきた。音を通して、お前に告げていた。いつでもどんな時でも……好きだって。苦しめて悪かったと。

 彼があたしに聞かせる音楽は、あたしが目指していたものだ。
 彼は技術をすべてマスターして、高みではなく……あたしに向けて、響かせていた。

 ああ、なんて贅沢なんだろう。

 あたしの好きな音楽が、あたしの好きなひとから、名指しで奏でて貰えているなんて。

 九年も――。

 あたしは、譜面台の五線譜を見た。
 ……見たけど、生須王の楽譜は、文字同様解読が困難で。

 なにか書いてあるけど、アルファベットらしきものもミミズがのたくっており、一様になにが書かれているのか、一瞥程度では、彼の作品がいかなるものかを窺い見ることは出来ない。

 音符も混在していると思えば音符らしき部分も見えるようになったが、音符と字……らしきものとは大差ない形をしている。

 散らばっている紙もそうだ。
 きっとあたしが見ても、順番すらわからない。
 
 複数の曲が入り乱れていたのなら、余計に混沌(カオス)だ。 
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