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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
懇願するようなダークブルーの瞳に固唾を呑み、案内されたのは小会議室。
机の上にあるのは、白い紙の山とサインペンやら万年筆やら……とにかく書くものがたくさんある。
早瀬は項垂れながら、机の上に両手をついてぼそぼそと言う。
「……来月の雑誌に載せる、直筆のメッセージだ。朝、俺の机の上に、依頼状が来ていて、それを受け取りに下にもう編集者が来ている」
「はあ……」
なにか問題でもあったんだろうか。
「……俺のふりして書け」
あたしは、意味がわからず目をぱちくりした。
「なんであたしが? あなたの依頼でしょう?」
早瀬が悔しそうにして言う。
「……う?」
「もっと大きな声で話して下さい。なにを言ってるのか……」
「俺が壊滅的に字が汚いこと、知ってるだろう!?」
早瀬が真っ赤な顔で怒鳴る。
「だからお前の綺麗な字で、俺のふりをして書いて欲しいんだよ! いつもパソコンかサインで済んでいたのに、全文手書きなんて屈辱的だ。どれが書きやすいかわからねぇから、とりあえず全部持ってきた! 好きなの使って書いてくれ!」
――俺さ、字が汚くて。なに書いているんだか、皆から読んで貰えなくてさ。
早瀬が差し出したのは、いまだなにを書いているのかわからないのが特徴的な、手書きのメモ。まるで暗号のようだが、九年前に解読した記憶がある。
「わからない字があったら聞いてくれ」
――五線譜っていいなあ。字が汚くてもわからねぇし。俺、これから音符で会話しようかな。
「ぶははははは!」
あたしは目から涙を流して笑った。
「笑うな!! 早く書け!!」
大家さん、警備員さん。
いいことあったよ。
美貌の天才クリエーターの唯一の弱点は、字が汚いこと。
早瀬の、こんな屈辱的な表情が見れるなんて。