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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
緊張しながら、ミミズが跳ねているような文字を解読(見て考えるより、聞いた方が早かった)して書いたのは、音楽についてのこと。
音楽がどれだけ早瀬にとって必要なものかと熱く語っているけれど、いつも冷めたような風体の彼から、そんな激情があるなど驚きだ。
彼にとって音楽とは、想い人らしい。
手が届かず、恋い焦がれる想い人。
誰もが早瀬に色目を使う環境の中、なにが恋い焦がれるってよ、どれだけ乙女なのかと、思わずぶっと吹き出せば、
「……ここで裸にして縛り上げて、ドア開けたまま放置するか? そういうのが好きだとは知らなかったな。だったらお望み通り……」
「ひたすら書きます!」
ドS化通り越して鬼畜化しそうな勢いの早瀬に、ドM認定されそうになったため、慌てて黙々と言われるがままに書き綴る。
言っておくが、早瀬に比べれば字が上手いというだけであって、あたしの文字が特別に美麗なわけではない。
小学生の時に書道を習っていたという程度の腕前で、字に自信があるわけではないけれど、きっちり楷書体を書く癖がついてしまっているから、男が書いたと思われることが過去にもあった。
それを逆手にとって、堂々と自分が書いたとして、さほど待たせずに編集者に手渡した早瀬は、とりあえずは自分のイメージを壊さずにすんだようだ。
「才能がある方は、やはり字も堂々として素敵ですね。たまになにを書いているかわからない、ミミズがのたくったような文字を書く方がいますが、あれ、本当に困るんですよ。性格までミミズなひとが多くてね、あははははは」
……どうなったのかとこっそり階下に下りたとき、そう聞こえた言葉に対する早瀬の顔は、筆舌尽くしがたく。
ミミズの性格とはどんなものだろうと頭で考えるあたしの目の前で、まさか本当の早瀬の字が、ミミズがのたくった字だとも知らない編集者は、怒れる早瀬に外に放り出され、しばし出入り禁止にされたようだ。