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エリュシオンでささやいて
第8章 Staying Voice
 

「恥ずかしながらあたし、まったく調味料については無頓着で、ハーブなんてハーブティーでよく聞く名前しかピントこないかも。まあ、タイムとかオレガノとか、ローリエは知っているし、肉の臭みを取るのに使ったことはあるけど」

「俺もそこまで詳しくねぇぞ? ドイツの屋敷の庭にハーブが沢山あって、どれが何という名前のものか、ちんぷんかんぷんだった」

 須王は笑いながらベーグルを手で千切って、言う。

「キャラウェイシードには、別の効能もあって」

「うん?」

 キャベツをを口に入れながら、彼を見る。

「愛するひとを繋ぎ止める、媚薬とも言われてる」

 彼はベーグルを口に入れながら、その目だけは情事を思わせるほどの艶っぽい流し目を寄越した。

「だから俺、お前に嫌いと言われたら、キャラウェイシードをお前に食わせるから。覚悟して」

「な……っ」

 つらりと真顔で言ってくる須王に口籠もっていると、彼は揶揄めいた眼差しで笑った。

「媚薬効果で俺が欲しくなったら、いつでも俺が抱いてやるから。素直におねだりしろよ? ピアノの上でのように」

 その目が次第と妖艶になって。

「ぶほっ! ゴホッ、ゴホッ」

 思わず咽せてしまうと、須王が大きな手のひらであたしの背中を撫でてくれる。

 この男、心臓に悪い。
 どうしてさらっと、とんでもないことを思い出させるのよ!

「あ……、飲み物忘れてたな。ちょっと待ってろ」

 動揺しているのはあたしだけじゃない!

 咳が一段落した時、須王は慌ててキッチンの方に行き、冷蔵庫から例の……甘ったるい匂いがしていた赤い液体を出してくる。

 そして棚をいくつか開け、小さな泡立て器のようなものを取り出すと、しゃかしゃかと混ぜ始めた。

 泡立て器があるというのも不思議だが、須王のことだ。またセットで買ったのかもしれない。使わないから、棚に入れているんだな、きっと。

 だけど、得体の知れないものを泡立てるってなに?
  
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