この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
エリュシオンでささやいて
第1章 Silent Voice
天使が佇んでいたあたしに気づき、小首を傾げる。
美しく整った顔。
驚きに目が見開かれている。
「素晴らしい歌を、邪魔してごめんなさい」
あたしの謝罪に、天使は邪気のない顔で微笑むと近づいてくる。
そして。あたしの首の後ろに両手を組むと――深いキスをしてきたのだ。
「な……んんぅっ」
くちゅくちゅと音をたてて動く舌が、あたしの口腔内から脳までもかき混ぜているような錯覚に陥る。
今、なにが起きてるの?
「や……ん、んんっ」
なにこれ、気持ちいい。
異性とも、こんな蕩けるような極上のキスをしたことがなかったのに、相手は同性だ。しかもあたしより年下だろう少女に。
下腹部の奥が熱く濡れて、内股が震えて力がはいらない――。
思わずへたりと地面に座り込んだと同時に、天使はようやく離れた。
やけに赤い唇をぺろりと舌で舐める仕草は、まるで好色な小悪魔のよう。
文句を言おうと見上げたあたしに、天使はまた歌い出した。
今度はもの悲しい、賛美歌のような旋律を。
「この声……」
歌詞もなにもなく奏でられるその声は、あたしの声色そのもの。
キスであたしの声音を複製したかのように、彼女はあたしの声で歌に感情を込めた。悲しいと、苦しいと、寂しいと――。
あたしの目から、ぽたぽたと涙が落ちた。
ずっと泣くものかと思っていたのに、共鳴したように涙が止めどなく落ちる。
そしてあたしは気づいたのだ。
ああ、あたしは――
こんなに泣くほどに悲しかったのだと。
天使の歌声こそが、あたしが押し殺していた感情。
泣くことが許されなかった、あたしの心情。
あたしも人間なのだと。
あたしの行き場のない悲しみに、気づいて欲しかったと。
「うわああああああああ!!」
心が決壊したように、あたしは泣いた。
旋律が力強いものへと変わる。
天使は泣いているあたしに、戦えと負けるなと言っている気がして、あたしは今の状況を打破する力を与えられた――。