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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
 

――初めまして。私、シークレットムーンの斎藤千絵といいます。ここ、いいですか?

 最初は突然声をかけられて戸惑ったけれど、嬉しかったなあ。
 いつもひとりでお昼を食べていたから。

 同い年の千絵ちゃん。
 あたしも千絵ちゃんが嬉しそうにしているシークレットムーンみたいな会社に居たかったけど、ITのことなんてちんぷんかんぷん。

 せいぜい就職活動のために覚えたワープロソフトWordがちょこっと出来るくらいで、Excelでは表は作ったことがあるけれど、計算とか関数とかしたこともなく。数学自体もさっぱりだし、大体英字が嫌い。

――私だってそうですよ~。ITわからなくても、出来ることをしています。

 ふたりのランチに慣れてきたある日、千絵ちゃんに言われた。

――そうだ上原さん、OSHIZUKIビルの噂って、知ってますか?


 千絵ちゃんによると――。

 
一、忍月の後継者は正妻の子供はおらず、妾腹の男子4人がいるらしい。

一、木場のビルに同時期に入った大きな4つの会社には、母方の姓を名乗る後継者候補がそれぞれひとりずつ勤務しているらしい。

一、現在後継者争いが勃発し、彼らがそれまで勤務していた会社ごと、忍月本社のあるビルに招集され、各社には本社からの監視役が派遣されているらしい。

一、後継者候補の兄弟達はすべてイケメンらしいが、女嫌いらしい。

一、もしその後継者候補が誰かわかっても、口外した瞬間、忍月お抱えの黒服に拉致されて、東京湾に沈められるらしい。

 つまり、エリュシオンを含めたOSHIZUKIビルに入って居る会社には、少なくとも忍月財閥の後継者候補のイケメンと、その監視役がいるらしい。

 一体誰が広めたのかわからないが、それによってこのビルの女性達は、あわよくば玉の輿に乗ろうと励んでおり、しかしあまり騒ぐと東京湾に沈めるという黒服が暗躍することで、騒ぎは統制されている。

 ビルに勤める女性達を「もしも」の話で奮い立たせる、中々によく考えられた夢物語だと笑えば、千絵ちゃんは唇を尖らせる。

 どうも千絵ちゃんは信じているらしい。
 
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