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エリュシオンでささやいて
第8章 Staying Voice
碧姉は、高名な美人バイオリニストというだけで、それだけで高値がつきそうな利用価値はある。あくまで道具として考えたら、だが。
一体なぜそんな目に遭ったんだろう。
日頃会話がなかったから、いつから様子がおかしかったとかすら、予想も出来ない。
わからないことばかりで、違和感だけが残るんだ。
自らの記憶ですら、正しいと言い切れないのだから。
――お前が事件性を訴えた警官がいるかどうかだよな。
やはりあたしには、忘れている記憶があるんだろうか。
須王のアウディは首都高を飛ばした。
左側の運転席で、須王は物憂げな思案顔をしながら、ハンドルを握っている。
――小林が襲撃にふたりを守って怪我を負った。棗は……。
彼が言いかけていたこと――。
あたし達がスタジオに残してきたスタジオ組が、情報収集のために再度木場の喫茶店に行った時に、襲撃を受けたこと。
その時、小林さんがふたりを庇って傷を負ったこと。
棗くんは同行していなかったが、裕貴くんの連絡を受けて、なぜか棗くん指示で派遣されたという救急車で、棗くん指定のT大付属病院に運ばれたこと。
そしてT大付属病院に付き添った女帝と裕貴くんと、棗くんも合流したらしく、あたし達も集合することになったこと。
「大丈夫かな、小林さん……」
「………」
須王からは返答はなく、彼は前を睨み付けるように見据えている。
「……大丈夫だよ、うん。だから元気出して?」
「……え? あ……なにか言ったか? 悪ぃ、考え事」
彼は苦笑する。
彼が聞き逃すなんて、かなり深刻に考えているのか。
「や……その、小林さんはきっと大丈夫だから元気を出してって……」
「ああ、小林の話か」
「え、考えていたのはそのことじゃないの?」
「別に小林、重体じゃねぇし」
「でも傷負ったんでしょう?」
「あいつ鍛えてるから。それでもかわせなかった相手は気になるけど」
「でも救急車で運ばれたんでしょう?」
「指示して動いたのは棗だ。棗が手配した救急車で病院に移動させる必要があると考えて動いたんだ。だとしたら、危険は回避されたことになる。棗の判断なら、まず大丈夫だ」