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エリュシオンでささやいて
第8章 Staying Voice
「……随分と棗くん買ってるんだね」
微笑ましいし、羨ましいし。
あたしには、そう思えてきた友達はいなかった。
「お前、棗をただの女装趣味だと思うなよ」
須王は意味ありげに笑う。
「俺がこの先も危険の中で俺の背中を預けられるのは、あいつだけだ。俺がスタジオを抜けてお前を連れ出したのも、棗があいつらの元にいたからだ。あいつがいなければ、スタジオでお前に告って抱いていたからな」
こともなげにつらりとした顔で言うから、どういう反応をしていいのかわからない。
棗くん次第で、あたしは嬌態を皆に聞き耳をたてられていたかもしれない。
棗くん、ありがとう。
「棗を侮るんじゃねぇぞ。組織育ちであんなナリをしているとはいえ、特例中の特例でマトリから内調に引っ張られたんだからな。マトリに入ったのも特例だ。あいつは前例のねぇ道を歩いている」
「組織から出たあと、あなたはドイツに留学したり大学にいったりしてたんでしょう? 棗くんは一緒の大学?」
「あいつは大学は出てねぇ。あいつは、お前の学校に編入するちょっと前に、独身で子供のいねぇ瀬田さんに拾われたんだ」
「瀬田さんって、横浜のコンテストの……」
「ああ。棗は瀬田さんの養子となってる。戸籍上は瀬田棗だ」
「そうなんだ……」
「俺も棗の兄弟になるかと言われたが、棗とは友達でいてぇから断った。その代わり、義理の息子の友達も高校にいかせて貰った。俺がお前に会えたのは、あのひとの力のおかげだ」
横浜で彼は、瀬田さんに対して心を開いていた。
それは恩があったのか。
「あいつがあのナリでも社会に適合してエリートとして働けるのは、瀬田さんの力のおかげだ。あのひとは音楽界で有名だから、各界に働きかけられる力がある。まあチャンスをものにしたのは、棗の力だが」
棗くんも色々頑張っていたんだ。
彼は須王の努力ばかりあたしに口にしたけれど。