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エリュシオンでささやいて
第8章 Staying Voice
「俺は、棗とは違う道で音楽をやろうとしてたから余計、瀬田さんの援助は断って自力でやっていたが、コンテストで久しぶりに再会してからは、なにかと気に掛けてくれて、どこで見てるのか、俺が困ると、すぐに手を差し伸べて道を拓いてくれた。あのひとのおかげで、今の俺や棗の地位がある」
「瀬田さんは、組織のこと知ってるの?」
「ああ。心を痛めていた」
「そっか……。瀬田さんがいいひとでよかったね。棗くんも、瀬田姓を名乗れば瀬田さん喜びそうなのに……」
「親に捨てられた俺達にしたら、記憶ある氏名が唯一のアイデンティティーなんだ。それが人間としてこの世に生きているという証拠」
「……っ」
「俺だって、早瀬姓は捨ててぇよ。だけど、捨てられねぇ。母親から捨てられているのに、他の姓も名乗りたくねぇ。……母親から逃れることが出来ねぇのは、これはある種、生と引き換えに課せられた……呪いみたいなもんだ」
「………」
「だから俺、お前に名前を呼んで貰えて嬉しいんだ。名前だけは、母親と同じものではねぇから。俺だと思えるから」
彼は九年前から、名前で呼んで欲しいと言っていた。
悲しい、彼のアイデンティティー。
あたしは上原の家族は好きではないけれど、それを使うのが当然だと思って使ってきて、特に氏名が表わすものについて考えたこともなかった。
ふと思う。
「碧姉は、ちゃんと家族の元に帰れていたんだから、あなたたちよりよかったのかもしれないね……」
九年前も、両親の愛情を浴びていた碧姉。
誰も彼女がそんな目にあっているなど、気づきも出来ないだろう。
彼女はなぜ助けを求めなかったのか。
「組織に飼われる奴らは目的がある。敵の排除、敵の抱き込み、資金面の確保など。性処理の奴らは最高ランクのもの以外は、社会に染まって有名であればあるほど、価値は高くなる。お前の姉貴は逸材だろうが、家に帰されたのだから最高ランクではねぇな。最高ランクであれば、少しの間でも他に離すことができねぇはずだから」
「どういうこと?」
「セックス漬けだ。本来性処理とは、排尿排便と同じだけの人間の本能を満たすもの。だから男もいる。女の顧客に宛がうために。ただ女の欲はきりねぇから、社会と行き来している性処理用の男はほとんどいねぇと聞いている」